<CP:2>
仄明るい天井のランプに照らし出されていた玄関ホールを離れて、廊下を暫く歩く。
「スタートとゴールは玄関ホールだとして、それ以外は特に決められていないんだよな」
小森から渡された羽子板の角で、何気なくとんとんと自分の肩を叩きながら、少し前を歩いている峰の背中へ、問いかけるように俺は言った。
男嫌いな小森が自ら俺たちに手渡してくれたことも驚いたが、片隅へ少し滲んだ文字で『城南女子高校羽根突部』とマジックで書いてある、木目調もシンプルな羽子板にも意表を突かれた。
羽子板と言えば、歌舞伎役者などの絵が描いてあったり、押し絵で装飾されているイメージがあったのだが、手渡されたものに絵柄は皆無だ。
「とりあえず、ここに入ってみるか?」
10メートルほど進んだところで峰が言った。
廊下は二手に分かれており、右に行けば浴室と談話室。
その先には、別館へ通じる扉が開放されている。
以前、俺達が泊まりがけでこの百合寮へやってきたときに通されたゲストルームが、その別館の一階に並んでいる筈だ。
もっともそのときは、わけあって夜の校庭を散歩中に遭遇したシスターさんが、俺達を見て悲鳴をあげてしまい、結果的に俺と篤は校門の外に追い出されて宿泊せずじまいだったのだが。
ちなみにその後百合寮では、ちょっとした幽霊騒ぎが起きていたのだそうだ。
正面の扉は洗濯室で、左手に行けば食堂と厨房がある。
突き当たりにはトイレがあって、その隣が階段の入り口になっている。
そして峰が入ろうといったのは、俺達が立っている場所のすぐ右隣に扉がある談話室。
「さっさと回った方がよくないか? 一応到着順にポイントを獲得するわけだし、部屋の中に誰もいないのはわかってるから、ここで試合ができるわけでもないし・・・」
俺には無駄な寄り道に思えた。
それともここで、別のペアが来るのを待ち伏せて、夜襲を仕掛けるというつもりだろうか。
「くるーっと回っていてもつまらんだろ。夜中にやっている以上、オカ研的には半分ぐらい、肝試しを兼ねるつもりなんじゃないのか? だとしたら開いている部屋には、何かしら細工がしてあるだろう」
「え・・・・」
思わず峰の手を引いて立ち止ってしまった。
そんな話は聞いていない。
だが、考えてみれば、先ほどの山崎の話で、このイベントが夜中に開催されている理由の説明はなかった。
主催者はオカ研だ。
ということは、それしか理由は考えられまい。
べつにこういうイベントが嫌いなわけではないが、峰の話は不意打ちだったため、心の準備ができていなかった。
「さっさと入るぞ」
「って、お、おい・・・・!」
強引に峰が手を引いて、扉をガラリと開ける。
その途端、カチリと何かのスイッチが入るような音が聞こえた。
続いてカラカラとテープが回る音が聞こえ始め、正面の壁に粒子の荒い白黒の映像が再生される。
「映写機だな。凝ったことをする」
投影されている映像は、地面に埋め込まれた古井戸のような物体。
静止画かと思うほど何も起きない井戸だけの映像が3分ぐらいも続いたかと思うと、徐々に井戸の中から何かが這い出てくる。
最初は人間の手、続いて頭・・・女だ。
白いワンピースを着た髪の長い女が井戸の壁を攀じ登るように出てきて、頭を前にがっくりと垂れながらゆらゆらとカメラへ迫ってくる。
「お・・・おい、やめろよ・・・」
「怖がるな、ただの映像だろ。どう見てもこれは、有名な某和製ホラーの・・・」
『・・・・ま』
そのとき、どこからともなくか細い女の声が聞こえた。
俺達は思わず顔を見合わせる。
さすがに峰の顔も引き攣っていた。
『初音さま・・・』
そのとき、何かが俺の首筋を一瞬だけ掠めた。
「ぎゃああああああああああっ!」
たまらず部屋から飛び出し、俺は廊下を走って逃げた。
その間、背後からは、大音量でこんな会話が聞こえていたのだ。
 『初音さま〜』
 『おい、こら小森やめろっ!』
 『ちょっと、あんた達何やってるの!?』
 『8ミリカメラを構える初音さまも素敵ですぅ〜!』
 『放せ、馬鹿小森!!! カメラが倒れる・・・』
 『みくのことも撮ってください〜。・・・いえ、寧ろみくが初音さまの麗しいお姿を、舐め回すように撮影致しますぅ』
 『カメラに触るな、あっち行けって・・・、ああもう、失敗! 山崎、悪いけどもう一度井戸へ・・・』
 『嫌よ!』
 『そんなこと言ったって、これ、山崎のアイディア・・・』
 『あんな場所にまた3分も潜るなんて、絶対お断り。後は編集で何とかなさい。あたくし、もう失礼しますわ』
 『でも、編集の仕方なんて、知らないし・・・あっと、カメラ切らないと・・・』
それは、どう聞いてもオカ研のいつもの会話だったが、俺は勢いだけで廊下を突き当たりまで猛ダッシュしていた。
女子トイレの前まで来ると、扉に背を向けてその場へ蹲る。
息を整えながら、走って来た薄暗い廊下を眺めた。
「あ、峰・・・」
8ミリ部屋に放置してきた相棒が、ゆっくりとこちらへ向かって歩いてくる。
手には細かいグッズを携えていた。
「忘れ物だぞ」
そう言って固いものが宙を舞う。
「すまん・・・」
空中で羽子板をゲットすると、俺は峰に謝った。
「まったくお前は・・・あんなしょうもない仕掛けで、まんまと悲鳴を上げながら女子寮を駆けずり回るなんて、山崎たちの思う壷だろ」
「いや、映像は作り物だってわかってるから、どうってことなかったんだが、どうも不意打ちに弱くてな・・・」
「中々傑作だったぞ。最後まで見なかったのは損したな・・・それより、不意打ちってのは、ひょっとしてこれのことか?」
そう言いながら峰が何やら小物を差し出してきた。
「会話は聞こえていたからな・・・映像の続きは凡そ想像が付くけど・・・それって、羽根か?」
峰が手にしていたものは、黒い小さな玉から5枚のカラフルな羽が伸びている、掌に収まる程の小さな物体。
見間違えようもなく、羽根突き用の羽根だった。
そして一枚の羽には、マジックで『2点』と書き込まれている。
「ああ。どうやら戦闘アイテム兼トレジャーをゲットしたらしいぞ」
峰によると、どうやら蛍光灯の傘に小さな籠が仕掛けられていて、そこから釣り糸が扉に伸びており、扉の開閉によって羽根が落ちて来る仕掛けになっていたらしかった。
扉を開けてから実際に落ちてくるまでタイムラグがあったのは、恐らく羽根が籠にひかかっていたせいだろう。
「これがあれば、他のペアと遭遇したときに、いつでも試合が出来るな。・・・っていうか、いくら羽子板を持っていても、どこかで羽根を手に入れないことには試合ができないんだよな。忘れていた・・・」
おそらくこういう仕掛けが、あと何カ所かに設置してあって、それを見付けながらゲームを進めろということなのだろう。
つまり、もしも手に入れてないペア同士が遭遇してしまえば、せっかくのチャンスを不意にするというわけだ。
なかなかシビアである。
ともあれ、俺達はこれでいつでも試合が出来ることになった。
「とりあえず、いつまでも女子トイレの前で座ってないで、さっさと行くぞ」
そう言って峰が手を差し出してくる。
俺は・・・。



<CP3>

<選択:1>
A:大人しくその手に従う。

B:ちょっと待って、トイレ・・・。

C:寧ろ手を引いて歩くのは俺。



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