<選択:B>
「ちょっとトイレ行っていい・・・?」
そう言って立ち上がると、後ろの扉と対峙した。
「あ、おい・・・お前それは女子ト・・・」
峰が慌てて止めようとしたが、目の前の扉が勝手に開き。
「きゃあああああああああああ」
「うわっ、ご、ごめんなさいっ!!!」
俺は扉から一歩離れると、慌てて背を向けながら謝った。
まさか、中に人が入っているとは思わなかった。
「すまないが、ちょっとそこを退いてくれるかな」
振り向いた俺の目の前に、黒い道着を着た勇ましい男が立っていた。
「ああ、俺も入りそうになったんですが、ここは女子トイレだけみたいなんで」
俺は目の前の武人に教える。
「知っているよ」
武人が言う。
「なんだ、秋彦じゃん」
すると、背後から慧生の声が俺の名前を呼んだ。
「秋彦、目の前にいらっしゃるのは、どうやら本城女史のようだぞ」
その光景を呑気に眺めていた相棒が、俺に教えてくれた。
「あ・・・・本城さん・・・」
「やあ。君は原田秋彦君だね。申し訳ないが、私の可愛い相棒が中から出られずに困っているようだ。少し扉の前を開けてもらってもいいかな」
そう言うと本城先輩は、黒い道着に裸足という、防具さえ付ければそのまま剣道が出来そうな恰好で、腕を組みながら俺を見た。
つくづく男らしいお方だ。
「すいません・・・」
俺は扉の前から脇に退き、慧生に道を開けてやる。
「ああ、びっくりした・・・覗かれてたのかと思ったよ。でもまあ、秋彦ならいいや」
そう言いながら女子トイレから慧生が出て来た。
先ほどの悲鳴は、慧生だったようである。
無駄に声が高いから、叫ばれると男か女かわからない。
いつになったら変声期が来るのやら・・・というより、俺と同い年なのだから、来てこの声なのだろう、恐らく。
「そもそも、お前は何でそんなところに入っているんだよ! しかも・・・」
「なかなか素敵じゃないか香坂君。似合ってるよ」
「ったりめえじゃん! つうわけで、勝負だ秋彦!」
紫矢絣の着物に海老茶色の行燈袴を履いた慧生が、俺に羽子板を突き出しながら宣言した。
「お前・・・・可愛いな」
頭に赤いリボンまで結んで、すごく大正浪漫の女学生だった。
「ばっ・・・何口説いてんだよ・・・」
おまけに、頬まで桃色に染めて見せてくれた。
「いや、別に口説いちゃいねえがな・・・」
まあ、このぐらい可愛いとデートぐらいしてもかまわないが、中身が慧生とわかっているから、それ以上は無理だ。
「試合すんなら、そっちへ出よう。ここは階段の入り口で、ちょっと狭い」
峰がそう言って二人を促し、食堂前に移動させた。
先頭に本城先輩が大股で歩き、その後ろから慧生がひょこひょこと付いて行く。
後ろから見ると、どう見ても剣道家の青年にエスコートされる女学生だった。
「っていうか、なんであいつはあんな恰好をしているんだ。お前も少しは動じろよ」
「あれだろ、香坂のリボンに書いてある奴」
「ああ・・・」
よく見ると、赤いリボンの片端に、わりとはっきりとした字で二点と書きこんであった。
つまりトレジャーだ。
「この振袖と同じで、どこかに一式仕掛けてあったんだろうな。お前は着ようとしなかったが」
そう言いながら、峰が腕にかけている着物を示す。
「当たり前だ! ・・・それにしたって、なんで男の慧生の方があれを着てるんだよ?」
一応男女のペアだというのに。
「よもやお前は、本城さんに着て欲しかったとでも言うのか・・・」
「いや・・・・けしてそういう意味じゃないんだが」
なるほど、そこは慧生が着て正解だったのだろう。


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