<選択:C>
「それにしても、なんつうか普通の建物だよな」
右手に扉、左手に窓が並んでいるだけの板張りの廊下を歩きつつ、俺はボヤいた。
「言いたい気持ちがわからんでもないから、一応聞いてやろう。どう普通であり、何が足りないんだ?」
峰が追加説明を要求した。
「だってさあ、女子寮だぞ? うら若き乙女が集い、寝食を共にして百合な毎日を送っている禁断の花園なんだぞ。スールとかお姉さまとか妹とか、そういうものが日常的に満ち溢れている世界の筈なのに、この殺風景ぶりときたらどうだ」
「冬休み中だからな。それに百合な毎日を送るうら若き乙女たちなら、日常的にオカ研のその他二名が見せてくれているだろ」
「佐伯はいいとして、もう一人はガチレズじゃあないですか。ああいうあからさまなやつじゃなくって、もっとこう、可憐な乙女たちがほんのりと頬を染め、そっと互いの指を絡めている光景とか・・・つうか、お前、いくらなんでもその他二名って言い方は失礼でしょうが」
「オカ研はどうも、山崎のインパクトが強すぎるからな。まあ、現実にはお前が思っているよりも女ってのは、もっと打算的でリアルな生き物ってことだよ。諦めろ」
「なんだよ、その自分だけ童貞じゃありません的な冷めた言い方」
「あ・・・・」
「ん?」
「いや・・・なんでもない。つまり俺としては、スールもお姉さまも必要ないってこった」
なんだ、今の間は?
「お前、百合はロマンでしょうが! ・・・・ちょっと待て、お前スールとお姉さまだけ言って、もしかしてあとのひとつは否定しなかったか?」
「妹こそが、究極のロマンだろ」
「はあ・・・・・」
「どっちにしろ、冬休み中のそれも深夜の女子寮に忍び込んでおいて、禁断の花園が待っていると考えていた、お前の幸せ思考回路に俺は感心する」
「てめえは、深夜の女子寮と聞いて、エロスのひとつも期待し、胸膨らませたりはしなかったと、言い切れるのか。マリア様に、シスター・アンリスに、お釈迦様や八百万の神々に、お前の御両親から頂いたその名と誠と大和魂に誓って、何一つ期待致しませんでしたと、断言できるというのか! っていうか、忍び込んでんじゃねえっ! ボクたちご招待されたの!」
「何故大和魂が関係あるのかわからんが、たかがエロスでえらい大層な話だな。まあ西峰寺の御本尊と道元禅師に誓って、無いと言っておこう。それに大和魂を説くなら、深夜の女子寮ごときに、煩悩渦巻かせ股間を熱くし、恥知らずにも鼻息荒く、聞くに堪えない雑言を喚き立てるほうが、皇国の武士(もののふ)としてどうなのかと、俺は思うのだが・・・。あるいは、昼間忍び込んだら、また違った世界が見られたのかもな。佐伯と小森のように、何か用事で戻っている寮生の一人や二人、いたかもしれんし。中にはお前の期待を裏切らない百合乙女に巡り合えたやもしれんぞ」
「えっ・・・・」
<選択>
ここは昼間の百合寮。
A・潜り込む。
B・紛れ込む。
「おい秋彦、なんだ、そのぽわわんとした顔は」
A→山崎に見つかって、シスター・サフィックリフィスに突き出され、悲鳴を上げられて御用エンド。
B→本城先輩のハーレムに見つかり、供物として差し出されて、秋彦の花弁が散らされるエンド。
「どっちにしろ、バッドエンドじゃねーかあああああああ」
「なぜ、突然怒りだす? 本当にわけのわからん奴だな」
なんだかんだと騒ぎながら階段をあがりきり、本館3階の廊下へ入ろうとしたところで足を止める。
「こんばんは、原田君と峰君」
「やっとお出ましのようだね」
闇に舞う大小の蝶・・・・そう見えたのは振袖の裾の柄だ。
女子にしては背が高めの佐伯は、艶やかな着物の長い振袖を襷で纏め、廊下の中央に笑顔で立って俺達を出迎えた。
彼女よりもやや斜め後ろで、窓辺に軽く腰を掛けるようにして、腕組みをしながらこちらを見ているのが、佐伯とペアを組んでいる男。
・・・口元にだけニコニコと人の悪い笑みを浮かべ、対象的に鋭い視線で俺たちをじっと見据えている篤だ。
彼らには恐らく、話し声がずっと聞こえていたのだろう。
口ぶりから察するに、二人とも俺たちが現れるのを、暫くここで待ち伏せていたようだった。
篤の足元にはなにやら、ハンドル付きの黒いケースが置いてある。
あれもまたトレジャーだろうか・・・そう思って眺めていると。
「お前、なんで書道セットなんて持ち歩いてるんだ?」
「書道セット?」
質問をした峰の横顔を呆然と見つめる。
「そりゃあ当然、負けたチームの顔に落書きするためだよ。だって、羽根突きだろ?」
そう言いながら篤が足元のケースを持ち上げて、にっこりとほほ笑んだ。
よく見るとケースにはネームプレートが入っており、割と綺麗な毛筆で『六年三組一条篤』と書いてある。
ケースを見ただけで気がついたということは、恐らくこれは二葉学園小学校共通の書道セットなのだろう。
・・・というか、超金持ちのくせに物持ちがいい奴だ。
突然佐伯が、クックッと笑いだす。
「それにしても、香坂君ってば・・・」
どうやら思い出し笑いのようだ・・・・既に慧生が篤の餌食になったということだろう。
「彼は泣きそうな顔をしていたから、ちょっと可哀相だったんだけどね、まあ可愛く仕上げてあげたから悪くはないだろう?」
「そうね、似合ってたしいいんじゃないかな。本城先輩も可愛いって言ってた。それに達也さんのも面白かったよ〜」
篤の言葉に同調すると、ひとしきり二人で、ゲラゲラと思い出し笑いを始めてしまった。
いったいどんな落書きをされたのやら。
それにしても。
「ひょっとして男にしか落書きしてないのか?」
俺が聞くと。
「女の子にそんなことできると思うかい?」
当たり前のように篤から返された。
まあ、こいつの性格から言えば当然だろう。
「お優しいことで」
面白くない。
「それでいくと、今回は相手がどちらも男でよかったよ。二人分、思いっきり落書きができる」
目線を俺に据えたまま、にやりと篤が笑った。
「そういうのをとらぬ狸の皮算用って言うんだよ。戦う前から勝てるとか決め付けてんじゃねえ」
「勝てるだって? ・・・僕としては楽勝だと考えて言ったんだけど、まあ結果は同じことか。さあて、二人分のデザインを考えないとね、佐伯?」
「いやあ、ええと・・・」
篤のしつこい挑発に佐伯がたじろいでいたが、お陰で俺の頭は既に沸点を超えていた。
「ぜってぇ負かしたる! 10点差ぐらい付けて、立ち直れねえぐらいボコボコにして、床に這い蹲らせたる!」
「いや、一転先取で勝ち抜けだからな。ルール忘れるなよ・・・」
隣で緊張感のない溜め息を吐いている峰の手から、100円玉を奪った。
「おっし、コイントスじゃ」
「いいよそっちの先制で始めてくれて」
窓辺から腰を下ろしながらそういうと、篤と佐伯が羽子板を片手に散らばった。
動作が全体的に緩慢すぎて、死ぬほど馬鹿にされているのがよくわかる。
「じょ・・・・上等じゃねえか。瞬殺してやるから、泣きべそかくんじゃねえぞ、ごらあ!」
俺も羽子板を構え、サーブの体勢をとった。
だが次の瞬間、うしろからガッチリと峰に手首をホールドされた。
「秋彦」
「何すんだてめぇ、味方の癖に邪魔すんな・・・」
「それは俺の100円玉だから返してくれ」
そういうと、峰は俺の左手から硬貨をもぎ取り、代わりに羽根を預けて後方へ散った。