その後ろでは、顔を真っ黒にした篤が淡々と書道セットを片付けていた。
あれでは悪口を先に書いた意味がないなと、少し反省した。
「ええと・・・本当なら私も、罰ゲームを受けないといけないんだよね」
言いにくそうに佐伯が、自らの身を俺に差し出そうとしていた。
「おお、罰ゲーム・・・佐伯に・・・していいの・・・ってっ!」
振袖を着た佐伯が帯を解かれながら、ぐるぐると回っている妄想が、後頭部を張られた衝撃で一瞬にして消えてしまった。
「佐伯は女子だから別にいいぞ。この馬鹿も鬱憤が晴らせて、もうスッキリしただろうし」
いつのまにか俺の隣に来ていた峰が、佐伯に助け舟を出してやっていた。
「ああ、うん・・・それはありがたいし、一条君も落書きは男子相手にしかしてなかったんだけどね。そのかわり女子には、別の罰ゲームっていうか、勝者へのご褒美を貰っていたっていうか・・・」
「別の罰ゲーム・・・勝者のご褒美? なんだそれ?」
一体篤は女子達に何をさせていたんだ。
俺が聞くと佐伯はなぜか顔をやや赤くして、言いにくそうに白状した。
「ええと・・・勝ったチームの男の子へ・・・その・・・キス」
「キス!?」
勝ったチームの男って、つまり篤のことじゃねえか!
んのやろ〜、あいつはゲームを利用して一体何を・・・。
「ああ、キスって言ってもほっぺだよ? それに江藤さんは恥ずかしがっちゃって、結局なぜか達也さんがしてたし」
「従弟の一条に・・・か?」
峰が気味悪そうに言った。
それは寧ろ、罰ゲームじゃないだろうか。
「ええと・・・まあ私のなんて、二人ともいらないとは思うんだけど、このまま自分だけ何もしないっていうのも・・・」
「いります!」
「そうだな、佐伯もその方が気にやまずにすむだろうしな」
そういうわけで、俺たち二人の頬へ勝利の女神よろしく、佐伯がご褒美のキスをくれることになった。
少しだけ身を屈めると、口付けを頬に貰う。
長身でボーイッシュな印象が強い佐伯だが、こうして近くに寄ると、やはり華奢な女の子で、頬を染めながらキスをくれる様子は可憐ですらあった。
「こんな感じでいいかな?」
軽く触れるだけのキスをしてくれた佐伯は、やや上目遣いにそう聞いてきた。
瞳が少し潤んで見えて、なかなか色っぽい。
「うん、上出来、上出来。なんなら唇にくれてもいいよ」
「それはお断り。・・・ごめんね、なんだか、私のほうが強引にキスさせてもらっちゃったみたいで」
そう言って佐伯が苦笑した。
「とんでもない、こっちこそ役得だよ。勝てて良かった」
「な! な! な・・・!!!」
「こんなことなら、いつでもお手合わせ願いたいね。・・・・ななな? それってどういう意味かな」
「さあ。私が言ったんじゃないけど」
「秋彦、後方注意だ」
「こうほ・・・・ほがっ!!!」
振り向いた瞬間、目の前に硬い物体が現れ、直撃を受けていた。
「はっ、はっ、はっ、はっつねさまにっ! ななななななな何をおおおおおおおおおお!!?」
「ぐおおおおおおおおおおおおっ」
続いて、小さな生き物の猛突進を腹に受ける。
「おい小森、草履が落ちてるぞ・・・ああ、聞いてないな」
頭上に峰の右手が現れ、その先に草履が握られていたがすぐに引っ込んだ。
どうやら、あれを顔面にぶつけられたらしかった。
続いて全体重をかけながら突進してきた小森に、廊下へ押し倒され、目が血走った彼女に胸倉を捕まれて、現在俺は床に後頭部を連打されている。
頭がグワングワンと鳴っている・・・。
「やめなさい小森っ、何してるのっ!」
「はっ、はっ、はっ、初音様のおおおおおおおお、くっ、くくくっ、くちびるをおおおおおおおおおおおおおお!」
「目が、まわるうぅうう〜・・・」
段々吐き気がこみ上げてきた。
「みくですら、まだ奪ったことがないというのにぃいいいい」
「あのさあ、ところで試合は・・・うわ、原田どうしたの?」
視界の端に新撰組が現れた。
「何か小森の気に触ったらしい。・・・ちなみに羽根ならここにあるが、・・・あ」
直江の声が聞こえて質問し、それに淡々と峰が答えていた。
てめえら落ち着いた会話してんじゃねえぞ、この薄情野郎どもが!
「いい加減になさいっ!」
そして佐伯の怒鳴り声がして、次の瞬間身が軽くなった俺は、ふらつく頭を抱えながら身を起こす。
「ひぃいいっ!」
カチンという音が聞こえ、すぐ目の前を猛スピードで何かが飛んでいった為に、俺は悲鳴をあげた。
後ろから同じような音が聞こえて振り向くと、床で羽根が跳ね返っている。
「は、初音様・・・今のは反則では・・・?」
「五月蠅い! まったくあんたって子は、いつもいつも、そうやって問題ばかり!」
「そ、そんな・・・みくはただ、初音様が薄汚い雄どもに・・・」
雄ってあーた・・・。
「原田君に謝りなさい!」
「は・・・・初音様が・・・そう仰るなら・・・」
佐伯に一喝された小森がちょこまかとこちらへやってくると、目の前でぺこりと頭を下げた。
「すいませんでした」
お前なんかに、好きこのんで謝っているわけじゃないんだからねと、顔中を渋々全開にして、これでもかと言わんばかりに、声が不貞腐れていた。
それでも小森は、一応謝ってくれたわけだ。
「ああ、いやあ・・・ちょっとびっくりしただけで、別になんともないからね」
本当は頭がぐらぐらしていたが、大好きな佐伯に叱られてしょぼくれている小森の顔を見られただけで、よしとすることにした。
・・・と思ったのだが。
「あいてっ」
カツンという音が聞こえたつぎの瞬間、俺の肩のあたりに何かがあたり、床に零れ落ちた。
足元に転がるカラフルな羽根・・・。
まさかこれを、ぶつけられたのか?
「みくたちの勝ちですね」
「てめぇ、何してっ!」
前言撤回。
この女は、何としてでも打ち負かす。
「こら、小森! あんたねぇ・・・」
佐伯が叱責しようとしていた。
「初音様と同じことをしたまでですよ。相手陣内に羽根が落ちればこちらの勝ち・・・考えてみれば、特にそれ以上のルールはないですものね。初音様も、みくの攻撃も、ともに有効です」
そう言って小森が胸を張る。
「ってことは何? 一条、佐伯ペアが2ポイント。で、うちが2ポイントってこと? 早い展開だなぁ・・・っていうか、みくちゃん本当に強いね」
直江がしきりに感心していたが、こんな展開が認められるわけがない。
「有効なわけがないだろ! コイントスもまだしてないってのに・・・」
「そういえば峰君、さっきコイントスしようとしてたね。毎回やってるの、あれ?」
「うちはあれで毎回サーブ権を決めている」
「えっ、えっ・・・あれって公式ルールなんじゃ・・・」
違うっていうのか!?
「そんなの聞いてないぞ、べつに。うちはみくちゃんが全部拾ってくれるから、毎回サーブ権は相手に渡してるし、それでもここまで全勝してるから・・・あ、でも今負けちゃったか」
「うるせーよ、直江は少し黙ってろ」
「きゃうん〜」
直江が耳を垂れながら鳴いていた。
「それにしたって、あれはなしだろーが! やるならちゃんと勝負しろ!」
「べつにみくはそれでも構いませんが、見苦しいですね原田さん」
「たりめーだろ、あんなん認められるか!」
「熱くなってるところ言いにくいんだけど・・・実は小森、羽根突き部の部長で、泰陽市の新春羽根突き大会で毎回優勝してる、猛者中の猛者なんだよ・・・」
佐伯が喧嘩へ割り込んでくると、言いにくそうに助言してくれた。
「なぬ?」
幻の羽根突き部がここにいて、しかも部長だというのか。
「小森は掛け持ちだったのか」
峰が聞いた。
「うん。・・・といっても羽根突き部はさっきも言ったとおり、休部状態なんだけど」
佐伯が言った。
そういえば、始まる前にも似たようなことを言っていたが、言いにくそうにしていた理由は、小森にあったということだろう。
「で、どうなさるんです? みくなら、いつでも勝負しますが」
「だって・・・お前らだって、佐伯のあんな攻撃じゃ納得いかねえだろ?」
「もちろん悔しいですが、負けは負けですから。気を許したみくが悪いのです」
小さな胸を張る少女は、堂々として見えた。
「お前・・・女なのに潔良いな」
「では、このままで納得してくれますね」
「そうだな・・・確かに気を許したほうの負けだ」
「男の癖に少し見直しました。これとは別に、勝負でしたらいつでも受けて立ちますので、言ってください」
「泰陽市きっての羽根突き王者の実力ってのも、見てみたいもんだ。いつか手合わせ願おう」
それから罰ゲームということで俺も峰も小森から顔に落書きをされて、別館へ行こうとしたときのこと。
「それでは初音様、みくから勝利のキスを・・・」
「寄るな小森、いらないから!」
「そう仰らずに、初音さまあ〜」
「ぎゃあああああああ」
要するに小森は、これがしたかったのだろう。

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