江藤の宣言通り、翌日もいつもと同じ毎日が始まっていた。
数人かの男子が島津に何か言っていたが、すぐに江藤達が間に入り逆に男子を言い負かしたのを最初で最後に、それ以上島津に何か言う奴は出て来なかった。
バスの席問題も解決し、また平穏な日々に戻るかと思ったが、それもそう長くはなかった、
「原田君お疲れ様」
目の前にコーヒーカップをさし出される。
「あ、どうも・・・お気遣いなく」
振り返ると長い白衣の下に白いブラウスのボタンを二つ開け、深い胸の谷間を覗かせながら、保険医の小早川麗子(こばやかわ れいこ)先生がにっこりと笑った。
足元はピッタリとした薄い素材の黒いタイトスカートに、ヒールの細い華奢なサンダル・・・もう顔がニヤけそうで困る。
「今年も保健委員をやればよかったのに」
そう言ってコーヒーを一口飲むと、カップを机に置いた。
つややかなグロスを引いた唇の端がキュッと上を向く。
白いカップに残された微かな赤い跡が艶めかしい。
先生はたった今俺が、身体測定の結果を入力し終わってPCを閉じたばかりの机の端の、俺の目の前にお尻を下ろし、ゆっくりと長い脚を組むと俺に視線を送って艶然と笑う。
スカートの前に入った大きなスリットが、すぐ目の前でズリッと持ち上がり、危ない所が見えそうで見えない。
・・・・だからスリットと言うのだろうか、などとアホな考えが頭に浮かぶあたり、俺の脳の溶解が始まっていることがよくわかる。
「俺もできればそうしたかったんですが・・・」
息子が起き上がりそうな気がして焦った俺は、椅子をくるりと回転させて視線を逸らした。
逸らした先が白いベッドで、却って困った。
ああ、悶々とする。
不意に甘い香りが漂って先生を振り向くと、カールした艶やかな髪を掻きあげて首筋を見せながら俺を見下ろしていた。
「今年は副委員長なんだってね、やるじゃない」
「いや、なんというか、そんなつもりなかったんですけど、なんか無理矢理指名されちゃって・・・」
「あら、頼りがいのある男って素敵」
そう言いながら先生はパチンとウィンクをして見せた。
俺はさすがにヤバイと思い席を立つと、コーヒーのお礼を言って先生に会釈をし、優雅に保健室を後にした。
後ろで軽く舌打ちするような音が聞こえたが、これは気のせいではない。
どうもあの先生は色気過多というか、セクシーダイナマイトすぎて目のやり場に困る。
ただでさえ頭の中がセックスのことでいっぱいになっている十代男子の目の前なのだから、もう少し自重していただきたいものだ。
3月までの俺なら、今のは間違いなく陥落していたぞ・・・。
そして陥落後に、「じゃあ、後片付けと戸締りお願いね」と言い残して、あっさり先に帰ってしまうのだが。
もちろん欲しい物はけして与えられないので、後から自分でなんとかすることになる。
ちなみに去年はひたすら先生の圧勝であった。
「今日は初めて引き分けたな」
俺の定義ではそうなるという話である。
ちなみに先生の敗北は学校にバレたら俺は一発退学、先生も懲戒免職を免れず、世間に知れたら即新聞沙汰になるような大問題だ。
もちろん、俺が一度も勝ったことがないことは言うまでもない。
鞄をとりに教室へ向かう。
2階への階段を上がりかけたところで、後ろから名前を呼ばれた。
「原田助かった〜、悪いけど今日だけちょっと代わってくんない?」
クラスの直江勇人(なおえ はやと)が、俺を見つけて箒を持ったまま、昇降口方向から走ってきた。
彼は整美委員だから、清掃チェックをしていたのだろう。
「どうしたんだよ、そんな顔して」
「俺さ今日どうしてもバイト外せなくって、そろそろ行かないとヤバいんだよ。頼む! 今日だけ整美委員やって」
「いや・・・そんなこと急に言われても・・・つうか、勝手に代わっちゃ不味いだろう?」
委員会にはそれぞれ顧問の先生がいる。
交替は奨励されないが、やむを得ず代わる場合は、当然連絡を入れないといけない。
俺はさきほど、体調を崩して途中早退した保健委員の野口に頼まれていたから、仕事を代わったが、事前に小早川先生に連絡を入れて了承をとっていた。
委員会活動中に交替となると、それはちょっと認められにくいだろう。
用があって誰かと代わりたいなら、せめて始まる前に連絡を入れておくべきだ。
そう言うと。
「それがさ、ひでーんだよ峰の奴! 俺が連絡しに職員室行ったらアイツがいて、ちゃんと仕事終わらせてから帰れって追い返されて・・・」
「ありゃりゃ」
峰ならやりかねない。
「仕方ねーからちゃっちゃと終わらせようとしたんだけど、そしたら昇降口の片づけに時間かかっちまって、・・・もう限界! 本当ヤバいから・・・な、頼む! この通りです! 今度カレー御馳走するから!」
「あ〜、もうわかったわかった・・・」
「さんきゅ〜、愛してるぜ! キスさせてくれ」
「いらねーっての! とっとと行けよ」
そういうと直江は俺に唇と箒を押しつけて、ダッシュで帰って行った。
「ったく・・・絶対大盛りで奢らせてやるからな」
不本意にも奪われた唇を制服の袖でゴシゴシと擦り、とりあえず早く仕事を片付けようと振り返った俺は、その場で硬直した。
「峰・・・」


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