「とっとと終わらせろ」
無表情で俺を睨みつけていた峰は、何を考えているのやら、無言で廊下を引き返して行った。
当然責められると思っていた俺は肩透かしを食らったわけだが、引き受けた以上俺が終わらせないと話にならない。
「とりあえず、先生には事後報告でいいか・・・」
俺は昇降口へ向かった。
「ったく、どうしてこういう所ばかり見られちまうかな」
多分峰にはさっきのキスを見られていただろう。
まあ直江が俺にどうこうという展開はあり得ないが、峰には多分俺と一条の事をほぼ知られている。
修学旅行の最後の夜、俺と一条が関係を結んだことも、あるいは気づいているかもしれない。
こういうことばかり続くと、ますます気不味い。
「適当に誤魔化すか・・・」
「何をどう誤魔化すつもりなんだ」
「うわ〜っ!」
完全に考え事へ没頭していた俺は、不意に背後から声を掛けられて、盛大に悲鳴を上げた。
「先生には俺から報告しておいた。引き受けた以上手を抜くな。誤魔化さないで、さっさと掃除しろ。ここは一年の持ち場だから仕方ないが、大概酷いぞ」
そう告げると、峰は足元に落ちている雑巾を拾い上げ、見回りを開始した。
「なんだよ・・・お前、手伝ってくれるのか・・・?」
「俺がいたら都合悪いのか」
「いや、そうじゃねえけど」
なんだよコイツ・・・。
力が抜けて息を吐くと、俺も作業を再開した。
委員会活動を終えた生徒達で、そこそこ込み合っている昇降口は峰が言った通り、本当に酷い状態だった。
放課後のこの時間は、すでに校内清掃も終了して、本来であれば校舎じゅうが綺麗に片付いてないといけない。
もっともそんな理想が現実にはどこにも当てはまることはないが、慣れていない1年の持ち場であり、出入りの激しい昇降口は特に掃除のやり残しが目立ち、さらにあちこちに掃除道具が散らばったままで、まるで片付いていなかった。
「さすがにこれは、担任へ報告しないとダメだろう」
俺の後ろにやってきた峰が言う。
俺も同感だった。
押し込まれていた箒やバケツが、掃除用具入れの扉を開けると音を立てて全部倒れて来た、それらを一旦外へ出す。
峰が回収してきた汚れたままの雑巾をその場へ置いて、箒を持つと掃除用具入れの底を掃き出した。
「ぐへっ・・・すげぇ埃」
「原田悪いがこれを捨てて、ついでにその雑巾洗って来てくれ」
「ああ・・・」
頼まれた用事を終わらせて戻ってみると、掃除用具入れの中が綺麗に片付いていた。
俺はそこに塵取りを戻し、洗い終えた雑巾を隣の傘立ての枠の隅に広げて干して作業を終了させた。
「悪かったな手伝わせて」
「別にかまわん。だが原田、お前はいつから何でも屋になったんだ?」
言い方にカチンと来た。
「何だよそれ」
「だってそうだろ。さっきは保健委員、今は整美委員・・・副委員長ってのは、頼まれごとをなんでもこなす、皆の遣い走りなのか?」
「ざけんなよっ、お前が片っ端に人の意見を退けるから、皆が俺に泣きついてきてんだろうが!」
「お前は何でも屋じゃなく、駆け込み寺なのか」
「てめぇっ・・・・!」
カッとなって繰り出した俺の拳を峰はあっさりと避けると、その腕をとって俺の身体を抑え込んだ・・・・そして抱き締められた。
何の・・・真似だ。
「俺が悪いのか・・・すまんかった」
耳元で低い声が聞こえたかと思うと、すっと身体が離れ、峰が足元から鞄をとりあげて先に帰って行った。
その指先が真っ赤になっていることに気付く。
重度の金属アレルギー・・・。
掃除用具入れを片づけているあいだに、あちこち触ってまた炎症を起こしたのだろう。
「お前も人の事言えないだろうが・・・あの馬鹿」
ふと足元を見る。
俺の鞄・・・・峰が持ってきてくれたのか?

 07

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