デモ行進は10時半ぐらいで解散となった。
先生達はその後、打ち上げがあるらしく、組合員ばかりが集まって、やってきたバスに乗り、どこかへ行った。
同じバスに、ピースなんとかの会の人達も乗った為、それだけでバスはいっぱいになってしまい、学生達は次のバスを待つか、歩くしかなかった。
待つにしても、バス停はほんの小さな屋根しかなく、しかも半透明で日陰ではない。
学生達は20名ほどもいて、近くに日陰となるような場所は見当たらなかった。
気温は、おそらく35度を超えているだろう。
次のバスが来るのは30分後だった。
「仕方ないな・・・」
僕は群れを一人で離れて、とぼとぼと歩き始める。
炎天下の中、さらに1時間も歩くのは結構危険な行為だったが、集団でじっと30分も待っているよりはましに思えた。
何よりも、クラスの連中とあんな場所で一緒にいることが、耐え難い。
「おい、香坂どこ行く気だよ」
「帰る」
「帰るって、お前・・・歩いて行くのか? 途中で倒れるぞ」
後ろから野田が追いかけて来た。
「関係ないだろ」
「待てって、俺も行くから・・・」
なぜか野田は隣に並んで一緒に歩き始めた。
「やだー、野田君歩いて帰るの?」
「あたし日焼けしちゃったよ〜、これ以上歩いたら真っ黒になっちゃう」
さらに女子たちが、後を付いて来る。
「下瀬、中谷、無理して一緒に来ることないぞ。バス待ってろよ」
「えぇ〜っ、野田君が歩くんなら、あたしも歩くもん」
「おい、下瀬、放れろよっ、暑いって・・・」
「ずるい、じゃあ私こっちーっ!」
そう言って中谷が、僕と野田の間に入って来ると、反対側の肘をとって腕を絡ませた。
だが、その腕はすぐに両方とも解かれてしまい、彼女達は恨めしそうに野田を見上げた。
まあ、35度の猛暑で、身体を密着されるのは、さすがに野田の馬鹿でも耐え難いのだろう。
女子達に押し退けられて、歩く場所がなくなった僕は、仕方なく彼らの後ろを付いて行くことにした。
更に後ろを振り返ると、結局他の連中も駅まで歩くことにしたらしく、やって来た時に比べれば規模は小さいが、それでも同じような行進となって、今度は反対方面へ向けて歩道を進んでいたのだ。
しかし間もなく、海浜公園行きのバスが僕らに追い付き、別の学校の生徒達はそれに乗って人数がだいぶ減る。
話題はいつしか、先ほどのデモ行進の話になっていた。
「それにしても、なんでバレたんだろうね」
目的語もなく中谷が言った。
「そうだよね・・・野田君、ちゃんと自分で書いていたのに。提出したときは別に何も言ってなかったよねえ?」
下瀬も首を傾げる。
どうやら、映画の感想文のことのようだった。
「ああ・・・ええっと、悪い・・・それ、俺が言ったんだ」
野田が申し訳なさそうに彼女達を振り返り、告白した。
「ええっ、なんで・・・!? 言ったってどういうこと、何を?」
「いや、だからさ・・・その、やっぱズルは良くないかな、と思って」
詰め寄る中谷に、後退りしながら、野田は正直に話す。
僕もこれには、さすがに吃驚した。
何を考えているのだろうか。
「なんでよ、だって言わなきゃ、きっとバレなかったじゃん」
「そうだよ、野田君が言わなきゃわかんないことなのに」
「うん・・・お前らには悪いと思ったんだけど、その・・・さ。真面目に書いて、それでも呼び出されてる奴だっているわけだし、なのに、なんか俺だけ適当にやってていいのかなって・・・」
そう言うと、野田が後ろを振り返り、僕は目が合いそうになって、自分の視線を逸らす。
そんなこと誰が頼んだと言うのだ、馬鹿な奴。
だいたい、僕が真面目に書いたという前提からして間違えている。
僕は映画の感想なんて書いてはいない。
あの映画に対して、僕の感想など何もない。
ただ残酷で、ただ悪趣味・・・それだけだ。
そしてその残虐シーンに耐えきれず、席を立った女子生徒がいた。
その一人が、ここにいる中谷だ。
恐らくはトイレで胃の内容物を戻して、体育館へ帰って来た、蒼白な顔の中谷に対し、柳本先生は5分以上も彼女を立たせたまま説教を続けた。
自分の政治思想を満足させる為に。
それが許せなかった。
僕が書いたのは、その告発文だ。
勘違いしないでほしい。
「そうだったの・・・優しいね、野田君は」
中谷が言った。
「いや、そういうわけじゃないけどさ・・・、結果的にお前らを巻き込んじまって悪かった・・・呼び出されるのは、俺と香坂だけだと思ってたから」
「いいよ。まあ結構楽しかったし、気にしないで」
「そうだよね。なんか訳わかんないこと叫ばされたのは、ちょっとウザかったけど」
下瀬が顔を顰める。
「そうか? けどさ、戦争はやっぱ良くないじゃん。日本はかつて、悪いこといっぱいしたんだから、先生達が言ってることは正しいんじゃないか?」
「えっ・・・ああ、ええっと・・・野田君がそう言うなら・・・そうだよねぇ」
意表を突かれたように、中谷が同調する。
語尾は上擦っていた。
異論がありそうなのに、それは引っ込めるようだ。
「でもさ、あの男の人が言ったことに、先生は何も言い返せなかったじゃない? あれってどうなんだろう」
これまで、黙って会話を聞いていた一之江が、漸く口を開いた。
「そうそう。だって自衛隊って専守防衛でしょう? 近隣諸国には核兵器開発をしたりミサイルを日本に向けている国もあるんだから、自衛隊に守ってもらわないと日本はすぐに乗っ取られちゃうよねぇ」
増本も一之江に賛同する。
「何を言ってるんだよお前ら、だって日本は憲法で軍事力を放棄するって決められているんだから、自衛隊は憲法違反だろう? 前に柳本先生がホームルームで、そう言ってたじゃねぇか、忘れたのかよ」
「ああ、ええっと・・・そ、そうだよねぇ・・・はははは」
そして一之江もまた、あっさりと野田の粗末な憲法解釈に屈していた。
増本も苦笑だけ漏らしつつ、言い返す様子はない。
こいつらにとっては、野田の存在こそが憲法なのだろうかと思う。
いつもの光景。
見慣れた日常。
普段ならあっさりと聞き流すような、下らない会話なのに、このときの僕はどうかしていた。
おそらく、猛暑の中を呼び出され、我慢ならない種類の大人たちに利用され、炎天下の中で置いてきぼりにされて、陽はますます高くなり、一体どのぐらいまで暑くなるのか見当もつかないようなバス通りを、さらに歩かされ・・・僕自身も思考が麻痺していたのかもしれない。
いつもなら、けしてそんなことを言ったりはしないのに。
そんなことを言えば、この先どうなるかは、すぐに予想が付きそうなものなのに。
「つくづくお目出度い奴だな」
「香坂・・・?」
のんびりとした調子で野田が振り向きながら、僕の名前を呼んだ。
自分のことを言われているのだと、このときには、まだ気が付いていないようだった
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