しかも、今度はなぜか白衣を着ている。
どういうきっかけで会っていたかを徐々に思い出して、急激に恥ずかしくなってきた。
彼には確か、野田にボコられていたところを、助けてもらっていた。
男はゆっくりとこちらへ近づいてくると、足元から何かを拾い上げた。
それが日本史の教科書であることに気が付き、咄嗟に立ち上がってひったくり返す。
「勝手に見るなよ」
一瞬のことだし、だいぶ空が暗くなっていたから、表紙の落書き内容まで気付かれてはいまいと思うが、こういうところを見られることほど、居た堪れないものはない。
「それは悪かった。・・・で、苛められっ子君は、こんなところで何をしているんだい?」
しっかりと気付かれていたようだった。
「何って・・・んなもん、見りゃわかるだろう。察しろよ」
「ええっと・・・まあね。俺としても、あまりデリケートな問題へ首を突っ込む気はないんだが、しかしこんなところで、1時間以上も座り込まれていると、さすがに無視するのが難しくてね」
「・・・そんな前から見ていたのかよ!」
これはあまりに恥ずかしい。
1時間の間に、僕がここでとっていた行動を、順番に思い返してみる。
まず、ノートを取り出し、遺書を書こうとして断念した。
それはつい最近のことだ。
その前には一番星を見つけて・・・何か言った気もする。
大したことではないと思うが、聞かれてないことを祈る。
あとは・・・。
「ああ、そんなに取り乱さなくていいよ。通りすがりにチラっと見ただけだから」
「通りすがりにチラッと1時間も見ていたのかよ! 日本語として成立していねえだろうが!」
凝視していたと言うべきだろう。
それともここで1時間ほど、この男は何かをしていて、その合間にときおり、僕を見ていたということだろうか・・・。
「まあ、1時間ほど見つめていたんだけどね」
白状しやがった。
「何でだよ! 声をかけろよ! 可笑しいだろうが!」
「それで、なんで死のうと思ったの? やっぱり、それかい?」
僕が持っている教科書を指差しながら、当たり前のように男が質問した。
「・・・あんたには関係ないだろう」
「わかった。あの子にまた苛められたんだろ」
あの子とは、野田創のことだろう。
「だったら何だって言うんだよ。僕のことなんか放っておけよ!」
「生憎、そういうわけにはいかないんだよ。これでも山林警備隊の一員だからね」
「山林警備隊・・・? いや、どう見たってあんたは医者だろう」
「いかにも、俺は女子大付属病院に勤務する医者だ。といっても専門は理学療法だけどね。女子大の勤務医は全員、空き時間を使って、山林警備隊活動に参加しているんだよ。医者が必要な局面は多いからね。進藤伊織だ、宜しく。で、君は?」
自然と出された手を握りそうになる。
「ああ・・・香坂慧生・・・って、なんで握手させんだよ! そうじゃなくて、医者ならますます、こんなところでぼうっと見てないで、死のうとしている苛められっ子を助けろよ!」
「やっぱり君は苛められっ子なのか」
「五月蠅い!」
「そして、死にたいと言いつつ、助けろだの、放っておけだのと、矛盾したことばかり言う。難儀だな」
「・・・帰る!」
僕は荷物を纏めて立ち上がった。
思わぬ邪魔が入って、もうすっかり気分は害されていた。
「送って行こう、慧生君」
「気持ち悪いな。いきなり慧生君なんて、馴れ馴れしい呼び方すんなよ」
「じゃ、慧生だ。俺のことは伊織でいいぜ」
そう言って、男が拳を軽く突き出してきたので、思わずそこへ自分の拳を合わせる。
「おう、伊織。・・・じゃねえだろ! すっかりダチかよ!」

 07

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