翌日、彼に呼びだされて食事をしたあと、僕は初めて彼のマンションへ行った。
「ゲームをしよう」
そう言われて、格ゲーか何かだと勝手に思い、軽い気持ちで了承した。
そして、ベッドの下から目の前に現れた、赤と紫を多用したボードゲームと、英語が羅列してある付属品のカードに僕は戸惑った。
ボードゲームのマス目に書いてある、数行ずつの文章も英語ばかり。
「外国で買ったのか?」
僕は聞いた。
「いや、ネット通販だ・・・お前が先行でいいぞ」
そう言われて、伊織から赤いサイコロを手渡される。
あまり気乗りがしないまま、サイコロを振り、出た目の数だけ自分の駒を進める。
だが、止まったマス目に書いてある文章が、僕には読めない。
「1回休憩だ」
彼にそう言われる。
今度は伊織がサイコロを振り、彼の駒を進めた。
止まった場所には、何も書いていない。
僕は1回休みなので、引き続いて伊織がサイコロを振る。
出た目の数は6だった。
僕の駒を伊織の駒が抜いて、さらに3つ先で止まる。
そこには短い文章が書いてあり、それに従ってだろうと思うのだが、伊織がカードの束から1枚を引いた。
そして彼は僕の目を見てこう告げた。
「慧生、キスしよう」
「え・・・?」
伊織に、引いたカードを見せられた。
そこには、デカデカと口唇のイラストがまん中に描かれ、その下に“kiss”というシンプルな単語が書いてあった。
つまり、そのボードゲームはアダルトグッズの一種だった。
プレーヤー達はサイコロを振り、駒を進め、そしてボードやカードに書いてある命令に従う。
ただしカードには、キスだったり、口説き文句を言わせたり、中には恥ずかしい体験を告白したり、服を脱ぐように書いてあったり。
この時は出なかったものの、中には明確な性行為を指示しているカードも幾つかあった。
「こんなものを販売していいのかよ!」
僕はなにげなく手に取った1枚のカードを見ながら言った。
「まあ、一般的な玩具メーカーからは、確かに販売できないな」
伊織が僕の手からカードを取り返し、山の一番上に置きながら応えた。
僕は慌てて山ごとカードを取って、思いっきりシャッフルする。
そのカードには、記号化された人間が二人、バックスタイルの体勢で繋がっていた。
あのままゲームを続けたら、伊織は間違いなくそのカードを引いただろうことは、目に見えていた。
ゲームは案の定、伊織が先にゴールをした。
「それじゃあ、罰ゲームと行きますか」
そう言って伊織は立ち上がり、背後のクローゼットを大きく開ける。
裕に1畳ぶんもあるその空間が、きちんと片付いているところは、いかにも伊織らしくて好感が持てたが、そう思ってしまったのは、気の迷いだと、一瞬で反省した。
まずは、2列×3段に分けて、整然と並べられているクリアケース。
透明なプラスティック越しに、収納物がはっきりと見えてしまい、僕は茫然とする。
たった今プレーしたものと、同じような雰囲気を持ったボードゲームに、怪しげなラベルを貼られたボトル、どう見ても男性の生殖器にしか見えない電動式玩具や、樹脂らしき素材の毒々しい色をしたボールチェーン、さらに手錠にしか見えない装飾品・・・、そのあたりはまだいい。
確かに充分に突っ込みどころ満載ではあるのだが、それでもまだ“小物”レベルだ。
問題は、そのクリアケースの塊に並べて、クローゼットの半分ほどの空間を占領しているデカ物。
いくら伊織が医者だからと言って、婦人科の診療室にありそうな、脚部固定式の座椅子が、個人のプライベートルームである伊織の部屋の、クローゼットである筈の、その場所に保管されていたのだ。
しかも椅子の背もたれ部分が異様に長く、その上部に渡した銀色のバーより垂れ下がるチェーンと、その先に、長さ調節可能な手首サイズの革ベルトが付いている。
それはどう見ても、大変高価なSMグッズだった。
「あの・・・、僕、そろそろ帰らないと、パパとママが心配・・・」
自分で言いながら、言葉が不自然で気持ち悪かった。
「そうだな。この後、車で送ってやるから安心しろよ。それより、ひとまずこれを付けてくれないか」
そう言って伊織は、手錠が見えているクリアケースから、玩具めいた何かを取り出した。
「へ・・・マジ?」
カチューシャだった。
ただし、頭の上から2本、触角のように伸びたバネの先端に、生殖器官のミニチュアが、ゆらゆらと踊っている、実に変態的な。
「そう、マジ」
その後、僕はカチューシャを、頭に付けられ、全裸で南京玉すだれを演じさせられた。

 09

『城陽学院シリーズPart2』へ戻る