「当たり前だろっ・・・」
だから、余計にむきになってしまう。
今は大事な話をしているのだから、真面目に話して欲しいと。
しかし。
「・・・そうか。気になるか・・・そうなんだろうな。人の携帯をチェックしたり、まるで女房気取りだからな、お前は」
「いけないのかよっ・・・だって、僕はっ・・・」
弾みで何かを言いかけて、思わず口を噤む。
ほんの一瞬沈黙が降りた。
だが、それを意識するよりも早く、伊織が話を変えて来た。
「そろそろお前も質問に答えろ。原田君と何をしていた」
「だから、べつに・・・僕が体調を崩したから、看病してくれていただけで」
「お前を看病していただけで、首筋にキスマークが付くのか」
ハッと息を呑む。
どのぐらいの時間、伊織が秋彦と話していたのかはわからないが、それでも、ほんの数分程度の間で、まさかそんなことにまで気が付いていたとは。
と、同時に、微かに嬉しいとも思っている自分がいた。
伊織はひょっとして・・・嫉妬を感じてくれているのだろうか。
しかし、今は説明が先だ。
「あれは・・・・揶揄っただけで・・・別に何も・・・」
「当たり前だ!」
すぐに怒鳴られた。
「そんなに大声を出すことないだろう・・・秋彦にはちゃんと彼氏がいるし、キスしたらあいつから突き飛ばされて、結局何も・・・」
「万一あったら俺がお前ら二人とも、ぶっ飛ばす。2度としないと約束しろ」
伊織の目は本気だった。
そして、それがとても幸せなことなのだと僕には思えた。
「うん・・・約束する」
それから伊織には、こんこんと説教をされた。
まずは、いかに揶揄っただけとはいえ、熱のある身体で、別の男を煽るような真似をしたこと。
何より、酷い体調で遊びに行ったこと。
この日、伊織は店まで、僕を迎えに来てくれていたらしい。
僕が1日、赤い顔をしてフラついていたことを、オーナーから聞いた伊織は、その足で僕の家へ直行したらしいのだが、母から帰っていないと聞かされて、ずっと心配してくれていたらしい。
「まあ俺の責任みたいなものだからな・・・俺も悪いが、お前も二度と無茶をするな」
「痛っ・・・ご、ごめんなさい」
こめかみのあたりを小突かれて、まだぼうっとしていた頭の芯が、ぐらぐらと回ったような気がした。
「なあ慧生・・・俺はこの通り、忙しい男だ」
「うん・・・わかってる。我儘言ってごめんなさい」
「いや、そうじゃない。・・・・別にそれは言ってくれていいんだ。当然の権利だから」
「権利・・・?」
「ああ。・・・けどな、どんなに努力をしても、きっとこの先も、お前が思っているような付き合い方は出来ないと思う。俺は理学療法士であり、勤務医であり、そしてこの街の山林警備隊員である自分を、誇りに思っている。それによって多くの人を助け、患者や苦しんでいる人の悩みを聞き、自ら命を断とうとしている人に、この手を差し伸べて、生きる道を指し示していたいんだ」
「伊織・・・」
彼の言葉は、とても真剣だった。
そして僕は、彼と初めて出会ったあの瞬間から、紛れもなく彼に命を救われていたのだということに、今更気が付いたのだ。
言葉が乱暴で、態度もぶっきらぼうだけれど、彼は確かに、僕をいつも助けてくれた。
それに僕自身、生きる希望も見失い、その癖、死ぬことにも怖がっていたけれど・・・そんな僕をいつも見守り、この手をしっかりと握ってくれている。
お前は、一人じゃないのだと。
「さらに、自己鍛練である剣道も、俺は怠りたくはない・・・・この通り、俺は我儘な男だ」
確かに、一見とてもストイックであり、同時に欲深いのかもしれない。
「うん・・・・でも僕も我儘だから」
そんな伊織が・・・・僕は好きだから。
「それは知っている」
「酷いな・・・そこは否定してよ」
ふっと伊織は笑った。
そして。
「こんな男だが、・・・いいのか?」
「えっ?」
質問があまりに不意打ちで、何を聞かれたのか、わからなかった。
「俺なんかを恋人にして、本当に後悔しないのか、慧生・・・」
「な・・・何言ってるんだよ、い、今更・・・」
ただでさえ、熱で赤くなっていた顔へ、さらに血が集まろうとしていた。
それは、今までに伊織から命じられた、どんな罰ゲームよりも、恥ずかしい思いを僕にさせていた。
「まあ、今更といえば今更だが、・・・その、なんというかまあ。俺だって一応、人並みの感覚はあるわけで、お前とは一回り近く年が離れているし、現役高校生と付き合うとなると、それなりにな・・・罪悪感みたいなものがなくはないわけで」
珍しく伊織が、口籠っている。
滑稽だった。
「人の頭にペニスのカチューシャとか嵌めておいて、今更何が罪悪感だよ、まったく・・・」
「おいおい、あれは結構可愛かったんだぞ。先が光ったりして綺麗だったじゃないか」
のうのうと伊織が言った。
「どこがだよ!」
本気で言っているのなら、センスを疑う。
「ああ、そうだ・・・。慧生、これをやる」
そう言って伊織はクローゼットへ向かうと、両開きになっているその扉を、ガラリを大きく開けた。
クローゼットのコレクションは、始めてこの部屋を訪れたときと比べて、一層充実しているように見えた・・・。
伊織はクリアケースの抽斗を開けて、ガサゴソと何かを探している。
「なんだよ・・・いきなり」
そこは、例のカチューシャが入っていた抽斗で、その他、男根の形をしたキャンディーバーをそこから取り出して、目の前で舐めさせられたこともあった。
まったく、いつもどこでそんなグッズを見つけて来るのかと思う。
どっちにしろ、ふざけた玩具ばかりが入っているという印象があり・・・。
「受け取ってくれ」
だから、そこから取り出された1輪の赤い薔薇に僕は戸惑った。
「い・・・伊織、これ・・・」
仕事帰りの、少しだけ無精髭の伸び始めた顔で、襟元を緩めたワイシャツとネクタイに、グレーのスラックスを履いて、彼は1輪の薔薇の花を手に持ち、差し出す。
そんな伊織は、ちょっぴりセクシーに見えて、とてもサマになっていた。
そして彼から差し向けられた花を見て、僕は心臓が早鐘のように打ち始めるのを感じた。
赤い薔薇の花・・・その有名な花言葉は、・・・あなたを愛している。
「きっと似合うと思うんだ」
伊織はそう言った。
「ありが・・・似合う?」
花を受け取りながら、僕は言葉を部分的に復唱した。
受け取り、すぐに薔薇に見えたその花が、布で出来ていることがわかり、ビニールのラッピングを解いて、”似合う”の意味も、即座に判明する。
「い・・・伊織・・・これ・・・」
Tバックのパンツが入っていた・・・、それもかなり薄手の。
「さっそく履いてみせてくれないか?」
伊織が目を輝かせながら僕に言った。
「冗談じゃないよっ!」
その夜、例によって妙なゲームに雪崩れ込み、案の定、罰ゲームと称して、そのTバックを履く羽目になり、朝が早いと言っていたくせに、伊織は明け方まで僕を付きあわせた。
そして秋彦の応急処置が良かったのか、それとももともと、回復しかけだったのかはわからないが、意外なことに風邪は悪化することなく、翌日には熱が下がっていた
to be continued
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