『Dandelion』


文化祭が終わった翌週のこと。
俺達の学校へ英一さんがやってきた。
11月下旬の数日間は、市が奨励する秋の芸術週間ということで、学園都市である泰陽(たいよう)市内の小、中、高等学校では、各校でそれに見合った活動を毎年行う。
俺、原田秋彦(はらだ あきひこ)が通う城陽(じょうよう)学院高等学校では、この街出身の画家であり、俺の伯父にあたる原田英一(はらだ えいいち)が特別講師として招かれた。
昨日は午前中に全校集会が行われ、講堂のステージへ現れた英一さんが自己紹介のあと、最近訪問していたフランスのバルビゾン村の思い出話を中心に、スクリーンで写真を紹介しながらミレーやルソーといった有名な画家の話、さらにご自身の芸術活動の話を色々と話してくれた。
まあ、けして話上手な人ではないから、途中から寝てるやつが多かったけど。
そのあとは二日かけて、各クラスごとに、英一さんが特別授業を指導してくれた。
英一さんは写生旅行だの個展だので、しょっちゅう外国を飛び回っている忙しい人だ。
専門は風景画だが、この日のテーマは人物デッサン。
被写体のモデルとして現れた女性は蒲公英春江(たんぽぽ はるえ)さんという名前で、これまでにも英一さんと何度か仕事をしたことがある絵画モデルということだった。
文化祭中にも一緒に英一さんと来校していたので、見覚えがある。
あのときはラフなジーパン姿だったが、今日は違う。
西日が差し込む美術室のまん中で、ベンチ椅子に座っている着物の女性を取り囲み、俺達は黙々とデッサンをしていた。
「おや?」
ふと俺達の絵を見て回っていた英一さんが立ち止って声を出す。
俺の斜め後ろでデッサンしていた峰祥一(みね しょういち)の絵を見ていた。
英一さんは春江さんを見て、次になぜか俺を見ると納得したように苦笑する。
「・・・なるほどね。光が眩しいようなら場所を移っても構わないよ。でもまあ、これはこれで面白いね」
そう告げると、また見回りを始めた。
峰もそのまま描き続ける。
しばらくして授業が終わり、峰のところへ行くと、俺は英一さんが言った意味が判った。
「お前・・・何、考えてるんだよ」
峰の絵は着物を着た春江さんの身体に、どういうわけか俺の頭部が乗っていた。
しかも身体と頭で微妙に角度が違うので、ちょうど、着物を着た俺が俯き加減でこちらを振り返ろうとしているような絵になっている。
「モデルさんの顔のあたりに西日が差していて眩しかった。だから、似た角度で目の前にいた原田を描いた。他意はない」
「でもよく出来てるわね・・・びっくりするぐらいアンタが和風美人になっている」
江藤里子(えとう さとこ)がしみじみ言った。
いや、確かに綺麗だったが、これはまったく嬉しくない。
峰の絵は、当然ながらクラスで評判になった。
これが他の生徒の作品なら皆から冷やかされ、格好のからかいネタになるところだが、何しろ相手は峰だ。
日頃から喧嘩上等オーラを出しまくっている彼を冷やかす勇者はいないようで、結局俺だけが一人「着物美人」だの「見返り美人」だのとさんざんネタ扱いされた。
おまけに。
「すまんが原田、少しだけ付き合ってくれ。絵を仕上げたい」
放課後、真面目な顔をして峰に頼まれた。
「付き合うと思うか?」
自分が和服美人になったコラ人物画像のモデルを、何故俺が快諾すると思うのだ。
「何を奢ったらいい?」
「そんな話してんじゃねーよ」


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