その日の深夜、トイレに起きた俺は、階下から聞こえる怒声に眠気が吹っ飛んだ。
冴子さんと英一さんが言い争う声だった。
会話まではよく聞こえなかったが、俺が原因なのは判った。
あまり眠れないまま朝が来て、7時過ぎにキッチンへ下りて見ると、テーブルに俺の食事だけが用意されていて、向かいの席でコーヒーを飲みながら冴子さんが新聞を読んでいた。
英一さんも春江さんもいなかった。
「おはようございます」
「おはよう、秋彦」
いつもの冴子さんだった。
俺はまず、昨夜のことを謝った。
「えと・・・冴子さん、御免なさい」
俺が引きずり込んだわけではないが、やはり調子に乗った責任はある。
春江さんは若い女性なのに、あんなことをするべきじゃなかった。
「反省してるならいいわ。・・・それに、あんた達のことは別に怒ってないから大丈夫よ」
そう言いつつ、俺が謝ったことで、冴子さんの声は明らかに優しくなっていた。
やはり、女性である冴子さんにとって、昨夜の俺が不快だったことには間違いないのだろう。
俺は本当に反省した。
「もう、しません」
「いい子ね・・・秋彦」
そう言って頭を撫でると、俺のコーヒー牛乳を作ってくれた。
いつものように、ミルクを半分注いでくれる。
「ありがとうございます」
「じゃあ、今度は私が謝る番ね。ごめんなさいね、怖い思いをさせて」
マグカップを差し出しながら、冴子さんが言った。
「冴子さん・・・?」
「アンタ、昨夜の喧嘩、上で聞いていたんでしょう?」
「少しだけ・・・でも何を言ってるかまでは。あの、英一さんと春江さんは?」
「春江さんは、昨夜のうちに出て行ったわ。ホテルに泊るって言ってた。英一は今朝早く。でも安心して、別に怒って出て行ったんじゃないから・・・まあ、私は怒られたけど」
「冴子さんが?」
「秋彦・・・・そろそろ、アンタにも話す必要があるわね」
そう言うと、冴子さんは新聞を畳み、しばらく目を逸らしたまま黙っていた。
そして決心をしたように。
「アンタも気づいたんじゃない? 春江さんのこと・・・」
「よく・・・判らないけど、ちょっとだけ・・・」
俺はどうしようか迷った。
こんなこと、言っていいのだろうかと。
「似てたでしょ」
冴子さんが促してくれる。
「じゃあ・・・でも」
まさかと思った。
だって、それはあり得ない。
春江さんはさっき初体験が11だと言った・・・その春江さんがもしも12で俺を産んだとしたら計算は合う。
いや、まさかいくらなんでもそれは。
落ち着け。
母さんが俺を産んだのはもっと後だ。
そして母さんは確かに死んだはずだ。
けど、春江さんは、俺の記憶の中の母さんによく似ている。
若く、美しく、可愛らしく、よく笑い、けれど恐ろしく・・・。
「秋彦、聞きなさい」
「はい・・・」
混乱しかけていた俺を、冴子さんの強い声が現実世界に引き戻してくれた。
「春江さんはね、夏子(なつこ)さんの妹なのよ」
「母さんの・・・」


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