『バレンタインはパンツとミントの味』 2月14日はバレンタインデー。 「ドリームチョコレート?」 「ひとつだけ、あなたの夢を叶えます・・・???」 ココアパウダーのいい香りがするトリュフチョコっぽいそれを、一粒摘まみ上げて頬張る。
その起源はローマ帝国時代まで遡るとされる説があり、士気が下がるという理由から婚姻を禁止されていた兵士たちを秘密で結婚させていた、キリスト教司祭ウァレンティヌスが捕えられ、2月14日に処刑された。
そこからこの日が祭日となり、恋人たちの日となったのだという。
それが女性から男性へチョコレートを贈る、日本型バレンタインとして定着するまでには各説あるが、一貫して男のモテ度バロメーターとなってしまった背景に菓子業界の陰謀があることには間違いない。
ようするにフツメンにとってこの日は1年のうちの365、あるいは366分の1でしかなく、もうちょっと言えば「ツマンネ」の一言で片付いてしまうわけである。
いい男だけが特別待遇を受ける日に用はない。
「うわっ・・・」
靴箱の扉を開けるなり、中に押し込まれていたチョコレートと思しき色とりどりのラッピング物を零れさせ、焦って地面から拾い上げている、鈍くさいヤツが目の前にいる。
こんな男子高校生が実在しているのだから面白くない。
「お前、邪魔なんだよ」
そいつの頭をわざとらしく蹴飛ばしながら、俺、原田秋彦は自分の靴箱の前へ行く。
「痛いよ、原田・・・」
そいつ、一条篤は街一番の資産家の息子であり、成績優秀、185センチオーバーの高身長。
顔がそこそこイケメンで、性格も明るく温和。
これでモテないわけがない、とは俺も薄々思っていたが。
「・・ええと、これで全部かな」
零れ落ちたチョコレートの数は軽く見積もっても20個以上。
鞄の中には、通学途中に手渡されていたチョコレートが、恐らく同じぐらい入っている。
「朝から御苦労さん」
まったくもって世の中は不公平。
あー、どうせ俺はモテないですよ。
どっちかっていうと頭も悪いし、チビじゃないけど背も高くはないし、顔も可愛いとか綺麗とは言われたことあるけど、男前じゃないですよ。
臨海公園駅前にあるマリンホールのシンさんという超可愛いバーテンダー(年齢不詳)には「イケメン君」とか言ってもらったけど、たぶん社交辞令ですよ、っていうか、いくら可愛くても男に言われたって嬉しかないですよ。
性格もこの通り、かなり悪いですよ。
やけくそになりながら、ガンッと音を鳴らして靴箱の扉を開けると、隣でびっくりした一条が、拾い上げたチョコレートをまたバラバラと零していた。
なんでこんなトロイ奴がモテるんだ?
っていうか、靴箱に食品入れる女も、ちょっと頭可笑しいだろう、俺ならそんなの気持悪くて、いらな・・・・。
「おや?」
上履きの上に、ピンク色の包みが一つ。
綺麗にラッピングされたそれを取り上げ、俺はしげしげと眺める。
これは、まさか。
自然と頬の筋肉が緩んでしまう。
「そろそろ春か・・・」
今朝は雪がちらついていた気もするが、そこはかとない花の息吹を肌に感じ、俺は足取りも軽く教室へ向かった。
ピンク色のラッピングを解いた箱の上には、そう書いてあった。
メッセージカードの類いはなし。
メーカー名不記載。
差出人不明、製造者不明とまことに謎めいているが、紛れもなくチョコレートだ。
被せるタイプの箱を開けてみると、蓋の裏面に短い文章が書いてある。
「ほう、結構美味い」
結局差出人の正体も判らず、全方位に神経を張り巡らしたものの、俺の鈍感が邪魔をしたせいか女子の熱視線をどこからも感じられないまま、とうとう放課後になってしまった。
「さてと帰るか」
ふと教室の後ろを振り返る。
「あれ、一条は?」
「さあ。なんか今日はやたらと訪問客が多かったから、また誰かに呼び出されてるんじゃない?」
「ああ、なるほど」
死にやがれ、腐れイケメンセレブのホモ野郎め。
心で呪詛を唱えながら鞄を持って立ち上がる。
「ん?」
腹の前には可愛い包み。
「はい、これ」
「なんだ、俺にくれんの?」
猫のキャラクターがプリントされた黄色い包みに、水色のリボン。
高さ10センチほどの円柱型のそれを、江藤から受け取る。
ずしりと重い。
どうやら中にボトルでも入っているようだった。
「言っておくけど、義理チョコだからね・・・か、勘違いしないでよね」
義理チョコねぇ・・・。
「はいはい、毎年ありがとさん」
去年はチョコレートケーキだったっけ・・・どう見ても手作りの。
これで案外江藤は女らしくて、料理も上手い。
「1カ月後、忘れないでよ!?」
そう言って耳を赤くしたまま、江藤は顔も見せずに教室を出て行った。
「まったく、素直じゃねーんだから」
そこが可愛かったりするのだが。
02
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