翌朝、俺の目の前には信じられない光景が広がっていた。
通学路のあちこちで発生している、甲高い女の悲鳴。
遊歩道から木の葉を舞いあげながら強風が吹き荒れて、女子生徒のスカートがみんな捲れ上がっている。
「これはすげーじゃねぇか・・・」
純白、水玉、色とりどりのストライプやギンガムチェック、レース仕立てに、キャラクターもの、中には結構際どいデザインのものを履いている女もいる。
やべぇ。
ついつい歩く速度が遅くなってしまい、校門へ入ったところで予鈴が鳴り始めていた。
教室までダッシュする。
「うわっ、江藤・・・」
遅刻ギリギリで入るなり、江藤と目が合った。
俺は怒鳴られるのを覚悟で立ち止まるが、予想した罵倒がいつまで立っても聞こえない。
「おはよう原田くん」
「・・・あ、あれ? どうかしたの?」
なんだか様子が変だ。
江藤が大人しい、だなんて。
「べつに。さっさと座ったら? もうすぐ先生来るわよ」
声も穏やかだ・・・というか、元気ない?
体調が悪いんだろうか・・・寝不足とか。
そうだ、ちゃんと礼を言わないと。
「うん・・・。あ、江藤、昨日サンキューな。美味かった」
「そう・・・よかった」
かすかに耳を赤くさせて、江藤も自分の席へ向かう。
貰った包みを開けると、透明のボトルには、手作りらしきチョコレートクッキーが詰まっていた。
俺はどちらかというと、チョコレートそのものよりもチョコレート味のクッキーやケーキ。
あるいはイチゴ味やミント味のチョコレート等といった、アレンジをされているものが好きで、以前にそんな話を江藤にもしたことがある。
それ以来彼女がくれる『義理チョコ』は、そういうものに代わり、いつからか手作りになっていた。
今回もただのチョコレートクッキーではなく、ひとつひとつが異なったデコレーションになっていた。
ドライフルーツや木の実、またはジャムが載っていたり、二つの生地を組み合わせてハートやマーブル柄になっていたり、猫の型抜きに顔まで描いてあったり・・・。
さぞかし時間がかかったことだろう。
こちらもちゃんとお返しを考えないとなぁと思っているうちに、先生がやってきて江藤が号令をかける。
やはり様子が可笑しい。
腹から声が出ておらず、いつもの勇ましさがない。
授業中に寝ていても、だらだらしていても全然怒られず、結局この日は一日、江藤がしおらしかった。
一条はというと、昨日に引き続き、殆ど教室にいない。
江藤に怒られることもなく、一条にベタベタされることもない、冬の日。
「あのチョコレート、本当に願いを叶えてくれたってことなのか?」
願いはひとつ、と書いていたような気がするが。
それともやはり、朝のパンツ事件のほうだろうか。
弁当を食いながらぽつりとつぶやく。
「何の話よ」
「いや、なんでも。・・・それより江藤、今日は練習行かねぇの?」
珍しく教室で昼を食べている江藤に聞く。
大抵武道館に弁当を持ちこみ、そのまま昼練というのが江藤の規定コースの筈だ。
俺もときどきそれに付き合う。
「しばらく武道館が使えないのよ。今日から部活も体育館になるけど、昼休みは勝手に使えないから・・・ったく。本当にいい迷惑よ」
「どうかしたの?」
どうやら昨日の帰り、武道館で何か事件があったらしかったが、江藤は詳しく教えてくれなかった。
今日は大人しいと思っていたが、ひょっとしたら昨日何かがあって、それで元気がないということなのかもしれない。
いずれにしろ、お陰で俺は平穏な一日が送れそうで有難いのだが。
この日は峰もやけに機嫌が良くて、俺にとってはほぼ完璧な一日だった。
しかしそれは下校時間になり、どうやらタイムアウトとなってしまったようだった。
03
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