『バレンタインはスイートホーム味』 白い部屋。 「お前、邪魔なんだよ」
壁やベッドへ染みついた、薬品の匂い。
目が覚めると、とても美しい女の子が心配そうに僕の顔を覗きこんでいた。
妖精・・・それとも天使?
「気分は悪くない?」
僕が平気だと答えると、少女が安心したように微笑んだ。
なんて可愛いんだろう。
「君は?」
「保健委員だよ・・・うわっ、もうこんな時間。補習に行かないと・・・じゃあな!」
意外と大きな声でそう告げて、その子は元気にバタバタと部屋を出て行った。
「あの子・・・人間だったんだ」
それから1週間後、僕はその子と再会を果たし、運命の恋に落ちた。
昇降口で原田秋彦の声が聞こえた途端、後頭部をゴンと蹴られて視界が回った。
「痛いよ、原田・・・」
蹲っていた僕の頭を、機嫌を損ねた彼が蹴飛ばして行ったのだとわかると、その痛さに僕は痺れるような甘さを感じてしまう。
2月14日、St. Valentine's Day。
恋人や大切な人へ贈り物をする日のことを、言語はさまざまだが、世界中で主にこのような呼び方をする。
ヨーロッパでは単純に、親密な間柄での愛情を祝福する日ということになるが、日本では特に女性から男性へチョコレートを渡して思いを告げるという習慣がある。
もちろん僕だって日本人だから、できればチョコレートを貰う立場でいたいと思う。
それも、ただ一人・・・本当に好きで、大切な子から・・・その子から貰えるチョコレートでないと意味はない。
足元に散らばった色とりどりの包みを拾う。
「これで、全部・・・かな?」
鞄の中にも沢山のチョコレート。
今日は江藤里子が朝練だったため、珍しく秋彦と二人きりの登校だった。
この時間が僕にとって、どれほど大切かわかるだろうか。
なのに知らない女の子たちから何度も僕らの会話を邪魔されて、秋彦はどんどん不機嫌になるし、僕も本当に参っていた。
次々と目の前に現れては、一方的にチョコレートを押しつけてくる彼女たち・・・・見たこともない、名前も知らない子たちばかりだ。
城陽や二葉だけではなく、城南女子や城西の制服も中にはあった。
バレンタインチョコに限らず、これまでにも突然ラブレターを渡されたり、呼び出されて好きだと告白されたことがあるが、そういうときにいつも感じてきた不快な違和感・・・今日は朝からずっとその連続だった。
どこで僕の事を聞いてきたのか、何故知らない子から好きだと言われるのか、僕にはまったく理解ができない。
その場で断れるものは受け取らないようにしているけど、彼女達にだって面子はあるだろうから、別の女の子がいるときにそれはできない。
仕方がないから、後で返すことにしてとりあえずチョコレートを受け取っているうちに、あっというまに持ち切れないようになってしまった。
しかも僕が女の子から包みを受け取る度に、ますます秋彦の機嫌が悪くなっていって、彼を傷つけているのだと理解する。
その理由を考えれば、当然嬉しいけど、彼を悲しませるのは本意じゃない。
やはりこういうものは最初から貰うべきじゃなかったのだろうと放課後ぐらいに反省したが、後の祭りだ。
この日は、1日かけて休み時間になるたびに差し出し人をこっそりと呼び出し、チョコレートを順に返して回った。
もちろん相手の女の子達は言い顔をしなかったし、怒る子もいたけど、傷ついた顔をしたり、泣きだすような子がいるわけではない。
所詮彼女達にとって、僕なんてただの箔付けでしかなく、ブランドバッグやちょっといい車みたいなものでしかないからだ。
僕は僕自身をちゃんと見てくれる人にしか興味はないし、それが誰だかもうわかっている。
今でも覚えている。
初めて彼とまともに言葉を交わした、夏休みの朝の城西駅。
まだ小さくて声も高く可愛らしかった秋彦を、僕はずっと元気の良い女の子だと思い込んでいて、付き合って欲しいと告白した。
思いを込めて録音した英語のメッセージは、実は弁論大会で入賞したときの原稿。
僕が他校で体験した、ひと夏の出会いと甘酸っぱい思い出が元になっている。
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