ESSの合同練習初日、僕は父の付き添いで訪問していたチューファから早朝の到着便で帰国し、空港からそのまま城陽中学へ向かっていた。 ひと夏の思い出を込めた英語のメッセージ・・・それは僕が君に恋をしたという、あの保健室でのお話だ。 どうやらあの日のことを全然覚えていなかったらしい彼には、この思いが正しく伝わらず、揚句にiP○Dだけを奪って行こうとして僕を驚かせた。
悪天候で揺れが激しくフライト中に殆ど寝られなかった僕は、帰国時点で既に30時間以上の覚醒状態が続いていた。
その日は弁論大会へ向けての度胸付けのため、運動部の連中がいるグラウンドでスピーチ特訓となった。
だが、エントリー順に会場での座席が決まるとわかると、女子たちが突然揉め始めて、なかなか練習に入れず時間ばかりが経過した。
気温は30度以上。
立っていた場所は物陰のないグラウンド。
そうこうしているうちに段々気分が悪くなり、不意に僕は意識を失った。
次に気が付いたときには、どこかで寝かされていた。
白い部屋・・・壁やベッドへ染みついた、薬品の匂い。
目が覚めると、とても美しい女の子が心配そうに僕の顔を覗きこんでいた。
妖精・・・それとも天使?
第一印象はそんな感じだった。
目が大きくて、くっきりとした二重瞼。
瞳がちょっと薄い色合いに見えるのは、この部屋が明るいせいだろうか。
卵型の小さな顔、薄く開かれた赤みが強いぷっくりとした唇・・・キスしたい。
一瞬のうちにそんなことを考えた覚えがある。
でも、この子は誰だろう?
どうしてこんなに、僕を心配そうに見ているのだろうか。
「大丈夫か?」
澄んだ声。
でも、そんなに高くはない。
耳触りの良いしっかりとした声だ。
「うん・・・えっと、ここは?」
「保健室だよ・・・気分悪くないか?」
「うん平気」
グラウンドが騒がしくて何事かと覗きに行ったら、地面に僕が倒れていたのだとその子が教えてくれた。
女子は騒いでばかり、男子はおろおろとして頼りにならない。
「あいつら一体何なんだよ」
そう言う彼女は、どうやら怒っているようだった。
喋り方が随分男っぽいけど、お陰で僕も話しやすかった。
その後、男子に手伝わせて、彼女がこの保健室へ僕を連れて来てくれたらしい。
うちの女子たちがぞろぞろと後から付いてきたが、保険医の先生が騒ぐなら帰れと一喝して全員追い返したそうだ。
「助かったよ」
「お前ひでぇな・・・でも気持はわかるぜ」
お互いに顔を見合わせて笑い合う。
どうやら僕は熱中症になりかかっていたのだと、教えてくれた。
「脈は安定していて熱もないし、呼吸も正常。・・・軽度だから安心しろよ。但し水分補給は必要だぞ。ここにスポーツドリンク置いておくからさ、飲んだらもう少し寝てろよ。お前だいぶ疲れてんだろ?」
そう言って500ミリのペットボトルを胸のあたりで持たせてくれる・・・まだ冷たい。
僕が寝ている間に買って来てくれたようだった。
「君は?」
「保健委員だよ・・・うわっ、もうこんな時間。補習に行かないと・・・じゃあな!」
意外と大きな声でそう告げて、その子は元気にバタバタと部屋を出て行った。
ちゃんと脚があるし、羽根も尻尾もない。
「あの子・・・人間だったんだ」
それから1週間後、英語弁論大会で僕は入賞した。
タイトルは『天使との休息』。
熱中症にかかった少年が天使に助けられ、その天使に恋をする・・・ちょっとファンタジー小説のような、そんな内容だった。
発想が奇抜すぎて夢見がちだと皆に笑われたけど、それでも僕は入賞した。
そして僕はその天使と再会を果たし、運命の恋に落ちた・・・。
けれどこの子と一緒にいるとどんなに面白いだろうかと考えて、僕はますます楽しくなった。
閉塞的な二葉の空気に慣れていた僕にとって、あの頃の秋彦はとても眩しくて、気が付いたら夏の間中彼の事ばかり考えていた。
その後二葉の内部試験を蹴って城陽へ進学し、再会した秋彦はすっかり成長していて、もう天使や女の子と間違えたあの頃の線の細さは完全に消えていたけど、それでも秋彦の魅力はどんどん増していた。
僕は秋彦の外見ではなく、いつしか中身が、その全てが好きになっていたのだ。
友達思いで、明るくて表情豊かで。
きついところもあるし、バカなこともするし、宿題は絶対に自分でして来ない子だけど、あの頃も今も、凄く優しくて面倒見が良い親分肌で。
初対面でも他校の生徒でも、たとえ相手が幽霊でも、困っている人が放っておけない性分で、犠牲を顧みずに人助けを優先する・・・だから、ちょっと心配なんだけど。
周りの人間を表面や肩書きで、けして判断はしない。
友達として素直に尊敬できる、本当にいい男だ。
けど、僕が彼の傍にいたいのは、やはり友達としてではない。
彼を自分の物にしたい。
彼に近づく存在を僕は排除したいと思ってしまうし、独占したい欲が強くなるのを止められない。
僕が本当に欲しいのは、秋彦だけなのだ。
03
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