『バレンタインは日常の味』 靴箱には3つのチョコレートが入っていた。
バレンタイン。
それは女の子が勇気を振り絞り、チョコレートへ思いを込めて意中の男の子へ贈る大切な日・・・のはず。
「先輩、これ・・・受け取ってください」
そう言って手渡された赤い包みは、金色のリボンにカードが添えてある。
「素敵な先輩へ愛を込めて」
走り去って行った剣道部の後輩、高林美鈴の後ろ姿を見送り、歩きながら包みを解く。
ハート型のピンクの小箱にクッションを敷いて、中の物をひとつひとつ丁寧にラッピングしリボンに薔薇の花を挿してある。
内容物の片抜きチョコレートも、ハートにお星さま、猫の顔・・・手作りだろうか。
菓子作りの技術的には多分あたしの方が上だと思うが、センスの女の子らしさで負けていると自覚する。
と、いうか。
「これってやっぱり本命チョコよね・・・」
どうしてこういう特別な日に、同じ女からこんなものを貰ってしまうのか・・・自分の置かれた身の上を、あたし、江藤里子は嘆きたくなった。
そのうちのひとつは差出人不明。
教室に入ったあたしは、次にその包みを手に取ってみた。
ピンク色で艶のある無地の用紙にスリムな白いリボン。
とてもシンプルだが、箱は少々変わっていた。
「願い事が叶う? 何よこれ・・・」
これもまた手作りなのかメーカー名の記載はなく、しかし”Dream Chocolate”とパッケージに書かれていたその箱を開けると、蓋の裏に不思議なメッセージが書いてあり、中には少し大きめのトリュフチョコが4つだけ入っていた。
「変なの」
休み時間に教室の前の入り口で、「先輩」と呼ぶ声が聞こえてギクリとする。
近くの男子生徒に声を掛けられ、一条篤君が疲れた顔をして溜息を吐きながら、呼びに来た一年の女子と一緒に廊下へ出て行った。
剣道部の後輩ではないとわかり、あたしは安心する。
というより。
どうして女のあたしがこんなことでビクビクしないといけないのか、そこがまず可笑しいだろう。
運命の理不尽さに苛々としながら、トリュフチョコを無意識に頬張る。
鞄の中にはチョコレートが他に6つ入っている。
登校中に手渡されたふたつ。
靴箱に入っていたふたつ。
さきほど教室までわざわざ押し掛けて手渡されたひとつ。
そして目の前にある、差出人不明のトリュフチョコがひとつ。
「ったく、あたしは女だっつーの」
剣道部の後輩たちが慕ってくれるのは有難いが、こういう事をされると少々戸惑う。
あたしにだって、自分からチョコレートを渡したい相手ぐらい・・・・。
視線だけを動かして、机の横にかけた鞄をチラリと見る。
登校前から中に入っている、もうひとつのチョコレート。
そのまま肩越しにすぐ後ろを振り返ると、授業が終わったことも気づかずに静かな寝息を立てている平和な横顔が、見事に沈没している。
「ったく・・・バカ」
結局そのバカは午後の授業もずっと寝っぱなしで、先生も呆れて出て行った。
02
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