「いつまで寝てんのよ!」
日誌で頭を叩いてやる。
むっくりと起き上がる顔は寝ぼけ眼でさえも、ちょっと目を見張るぐらいの綺麗な顔。
中学の頃は学校一の美少女だと、他校の生徒たちの間でさえちょっとした評判になっていた、こいつの名前は原田秋彦。
れっきとした男の子で、ついでにしょっちゅうあたしのスカートの中を覗いて来る、最悪なエロ餓鬼の変態野郎。
原田君は高校進学と同時ぐらいにぐんぐん背が伸びて、今では身長153センチのあたしより頭ひとつぐらい高くなっていた。
性格は明るく優しくて、わりと男らしくて、こんな原田君がモテないわけはなく、本人はまったく気付いていないみたいだけど、結構原田君が好きだって言っている子は多い。
ただ原田君の周りにはいつも一条君や峰祥一君がいて、二葉出身のこの二人が目立ちすぎるから、彼らの人気に隠れているところはある。
おまけにこの二人が揃って原田君をガードしているように見えるらしく、近づき難いからと、告白する前にみんな諦めてしまうみたいなのだ。
今日も女の子たちからチョコレートを貰っているようには、全然見えない。
「あの二人のお陰で助かってるのよね、考えたら・・・」
複雑な気分だけど。
「ん・・・何か言ったか?」
今でもその辺の女子より、よっぽど綺麗な顔がそう言う。
「べつに。よくそんなに寝られるもんだ、呆れるって言ったのよ! ったく、とっくにホームルームも終わってるわよ」
言いながら鞄を持って立ち上がる。
今日は部活がある。
あの困った後輩達にこれから会うのかと思うと、頭が痛いが。
「そうなんだ・・・さてと、帰るか」
「あんたねぇ・・・」
立ち上がって原田君が後ろを振り返った。
「あれ、一条は?」
目線の方向は後ろのドアの前。
「さあ。なんか今日はやたらと訪問客が多かったから、また誰かに呼び出されてるんじゃない?」
「ああ、なるほど」
今日一日、一条君はほとんど教室にいなかった。
ひっきりなしに女の子がやって来ては彼にチョコレートを押しつけて帰り、次の休み時間にはそれを持って出て行って手ぶらで帰ってくる・・・という効率の悪いイタチごっこを、一日中繰り返していたのだ。
受け取らないなら、その場で断ればいいものを、それをしないところが、彼の困った優しさというか、無神経さだろう。
女としては、一度は渡した物をあとから突き返される方が、よほど傷つく。
一条君にそんなことを説明しても、たぶん理解出来ないだろうけど。
だからと言って、峰君のように渡されたチョコレートをオートメーション並みに次々と教室のゴミ箱に捨てて行くのは論外だから、それよりはましなんだけど。
普通なら目撃したクラスの男子も女子も敵に回してしまうところだが、峰君の威圧感に怖気づいて、面と向かって注意できる生徒も、ここには一人もいないというあたりが彼の強さというか、傍若無人さを助長しているというか・・・まあいつか、あたしが説教してやろうとは思っている。
鞄を持って立ち上がり、帰ろうとする原田君を見た。
いつからか付け始めている、甘酸っぱいオーデコロンの香り・・・マスカットだろうか。
とてもよく似合っているけど、誰から貰ったのかが少し気になる。
絶対に自分でこういうものを買うタイプじゃない。
残り香に誘われるようにして、彼の後ろを歩き、思い切って出口の前で呼び止めた。

 03

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