『バレンタインは死霊のスペシャルディナー味』 昭和30年代に名門城陽女学院が共学校へと変化を遂げて以来、泰陽市における唯一の女の園。
臨海公園駅から徒歩5分。
駅前から続く大きな通りを挟んですぐ向かいがスポーツ文化公園、交差点を渡って斜め向かいが良家の子女ばかりを集めている、城陽学院中学という立地条件の場所に、城南女子学園は建っている。
総面積に関しては、同じ私立高校だが、国立公園近くに広大な敷地を持っている城陽学院高校ほど広くはないものの、駅前にしてはかなりの大きさで、敷地内に初等部から高等部までの校舎があり、校舎裏の緑豊かな森には駅前の喧騒を忘れさせる小川のせせらぎと、「聖水がある」洞窟が作られている。
この洞窟ではかつて、聖女アンリスの目の前に貴婦人が降臨しお告げを授けたとされ、今も原罪なきマリア様の像が、我らの為に祈りを捧げてくださっている・・・というような伝説がある、ピレネー山麓にあるキリスト教巡礼地から、汲んで来たありがたい聖水を安置してある。
ちなみに色々と厄介事を避けるため、聖女の名前は、城南女子学園の百合の校章から、フランス語で一輪の百合を意味する、「アンリス」としてある。
このあたりの説明は、学校公式ホームページ上で、PDFファイルをダウンロードして詳しく読むことが出来る。
小川に架かる石橋を渡ってその奥には、乙女達が朝晩の祈りを捧げるに相応しい純白のチャペル、城南ロザリオノートルダム教会があり、その向こうには、城南女子の学生寮、その名も『聖白百合宮』が建っており、6歳から18歳まで総勢150名の、概ね遠方出身である乙女達が清らかな共同生活を送っている。
この寮は学生たちの間で通称「百合寮」として親しみ、憧憬され、畏怖され、または敬遠されている。
小中高含め、およそ600の純白のセーラー服を抱えた学び舎、城南女子学園にとっても、2月14日はやはり華やいだものだった。
ただし、相手が必ずしも殿方とは限らないのだが。
「佐伯先輩、どうかこれを受け取ってください」
「あ、ええっと・・・もう、ちょっとこれ以上は・・・」
ぱんぱんに膨らんだグレーの学生鞄と予め百合寮から用意しておいた紙袋。
その両方から、カラフルな包みを溢れさせ、立ち止った背の高いショートヘアの学生は、我がオカルト研究会所属の2年、佐伯初音。
さらにどこにも入りきらないチョコレートを両手に抱えた彼女は、下級生と思われる小柄な女子生徒から赤い包みを差し出されて、困惑しきった顔で溜息を吐いた。
バレンタインに告白する方も、される方も、れっきとした女性。
こういう光景は城南ではべつに珍しくもない。
元々地元出身で、小学校以来ずっとこの学校へ通っている、あたくし、山崎雪子はバレンタインチョコレートを貰ったことはないし、殿方にしか興味がないから学友に渡そうという狂った発想自体がないけれど、校内で何人かいる目立つ生徒たちは、大抵この日にチョコレートで机を溢れさせているようだ。
佐伯は特に背が高く、中性的で目を引く容姿の学生だから、中等部の頃からバレンタインデーは毎年大変らしかった。
とくに、オカ研にあの子が来てからは。
「初音さま〜、おはようございます・・・きゃあっ、何ですかぁ、その汚らしいガラクタの山はっ!? みくに任せてください、全部焼却炉へ放り込んでまいります」
「こらぁ小森、何してるっ・・・やめないか、この馬鹿!」
どうやら当番だったらしく早めに登校していた小森みくがチャペルの方角より出現し、佐伯の足元から勝手にチョコレートが入っている紙袋を奪取しようとした。
それを咎められて、佐伯から拳骨を食らう。
小森はキャラクター物の髪飾りを左右に2カ所づつ留めている、変わった髪型をした小さな女子生徒で1年生。
昨年の4月、隣の漫研と間違えて、オカ研の部室にしている美術準備室の扉を開けると同時に、目の前に立っていた佐伯を見染めて以来、ずっと佐伯に付き纏っている、表裏のないストーカー。
身長は170センチある佐伯の肩よりまだ低く、傍から見ていると、小森の可愛いけれど奇抜な容姿も手伝って、大きなマスコット人形が佐伯にぶら下がっているようにしか見えないが、小森が佐伯に入れ上げる情熱は留まるところを知らず、他県出身の佐伯のために市内の家から飛び出して寮生活を始めたほどだ。
あの寮はやはり、そういうところなのだろう。
「痛いですぅ〜、ひどいじゃないですか初音さま〜、みくと言う者がありながら、他の女子生徒のチョコレートを受け取るだなんて・・・あまつさえ、初音さまの美しい御御足の前を汚している、おぞましいそのガラクタの山をせっかく処分してさしあげようとした、みくの頭をぶつだなんて・・・」
小森が頭を押さえて涙ぐむ。
身長差のある佐伯から拳を振り下ろされたのだから、たぶん嘘泣きということではないのだろう。
もっとも小森が悪いが。
頭を抱えたいのはむしろ佐伯の方だろう。
「だから、いつ私があんたの物になったっていうのよ! これは私が貰ったものなの、あんたに処分する権利なんてないの!」
「まさか・・・初音さま・・・それは浮気をするっていう意味ですか!? 嫁の前で堂々と浮気宣言を〜!?」
「いつ私があんたの夫になった!?」
佐伯が頬を赤くしながら声を震わせている。
恥ずかしさというより、たぶん怒りや呆れの類いだろうという気がする。
「そろそろ時間ですわね・・・佐伯、あたくし、今日は日直なので早めに教室へ・・・」
もう少し観戦していたい気もしたが、ぼちぼち行かないと遅刻をする。
靴箱の扉へ手をかけながら、オカ研仲間の佐伯へかけようとしたあたくしの麗しい声は、残念ながら本人に聞こえていそうになかった。
「やだぁ初音さま〜! 10か月も前から同棲を始めて、いつもみくと同じベッドで寝ているじゃないですかぁ。入籍こそまだですけど、もはや二人は夫婦同然・・・ウフッ。それに、お互いを生涯共に暮らす伴侶と認め合った者同士が同じ布団に入っていれば、することはただ一つ・・・みくは初音さまの情熱的な愛をいつもこの身体に刻みつけながら夜を過ごしていますもの。それに初音さまは、みくの身体を隅々までもうよくご存じのはずで、もちろんみくも初音さまのお身体のあんなところやこんなところまで・・・・い、痛いです・・・初音さま・・・」
「それ以上一言でも喋ったら、この腕をへし折るぞ、小森・・・」
今度こそ羞恥から佐伯は顔を真っ赤にして、小森の腕を捻りあげていた。
案外、人の腕というのは、後方でも上まであがるものである。
それとも小森は、特別身体が柔らかいのだろうか。
多少、目に涙は浮かべているようだが。
「は・・・はいっ・・・わかりました。わかりまじだっでば・・・あだだだだっ」
小森が反対側の手を開き、当たり構わず靴箱をバンバンと叩きだした。
朝っぱらから少々耳触りだ。
「だいたい、私とあんたはただのルームメートで、入って来るなっていつも言っているのに、あんたが勝手に私のベッドに潜り込んでるだけでしょーが! しかも入浴時間が同室者と同じなのをいいことに、あんたがその腐りきった魚のような目で私を一方的に視姦してるだけで、私はあんたの身体なんて全っ然見てないから、誤解を招くようなことを・・・」
佐伯も面白い表現をする・・・腐りきった魚は、あたくしの家の食卓へ上がることは1度としてないから、どんな目なのかは知らないが、想像を掻き立てられるのは確かだ。
たぶん、濁った目、としての暗喩あたりだろうが。
「お、折れる・・・本当に・・・御免なざい、御免なざいっでぇっ、反省じでまずがらぁ・・・は、初音ざま・・・、本当に折れまずっっ」
「凄い・・・小森は後ろ向きに挙手ができるのねぇ・・・」
「いや、あの・・・・たぶん、止めないと結構危ないと思うんですけど・・・」
独り言に返事を返されて、名も知らぬ1年がまだこの場にいたことを思い出させられた。
そんなにチョコレートを握りしめると、箱が潰れると思うのだが、大丈夫なのだろうか。
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