「小森ー、いつまでサボってる! 花はまだなのか?」
そのとき当番長らしき3年生が現れて、昇降口の外から怒鳴り声を上げた。
百合寮の寮長・・・本城薫といったか。
彼女とは小学校のころ、何度か団体戦で対戦したことがある。
5年生の頃から大将だった本城は佐伯以上に男っぽい生徒であり、「似合わないから嫌だ」という理由からいつも制服ではなく、体操着で行動していて、教師もなぜかそれを認めている。
というか、セーラー服姿があれほど恐ろしい女子生徒も珍しい。
ちなみに小学校の頃から周囲に女子を数人はべらしていたが、今では寮内に彼女の大奥まであるそうだ。
それを聞いた時、やはり本物だったかと納得したものである。
ときおり大奥を撒いてあたくしを待ち伏せさえしなければ、基本的には良い方だ。
顔を合わせないように、背を向けた。
上級生の介入で、佐伯がようやく手を離した。
「は、はーい・・・只今っ・・・ったたたた。まったく初音さまったら、無茶なさるんですからぁ〜・・・」
小森が佐伯に捻りあげられていた左腕をグルグル回しながら、チャペルに飾る花を職員室へ取りに行く、という職責を改めて果たしに行った。
そういえば今日は、定例礼拝の日だった。
自分にチョコレートを渡そうとしていた1年生が、まだこの場へいたことに、ようやく佐伯も気が付いたようだ。
「ごめんねぇ、変なとこ見せちゃって・・・で、チョコトレートなんだけど、本当にごめん・・・これ以上はちょっと持てないから」
理由がこれである。
「あの・・・わかりました。もう、いいです」
最初は泣きそうだった1年が、ニッコリ笑った。
あれだけのコントを見せられたら、まあ気が抜けるのも当然だろう。
ここの生徒たちが思っているほど佐伯は二枚目でもないし、あたくしのように高嶺の花という形容がまさに似合う淑女でもない。
意外と親しみやすいが、佐伯に王子様を求めていた子にとっては、こんな場面を見せられると、イメージが崩れるということもあるだろう。
が。
「ええと、・・・ごめん」
佐伯が恥ずかしそうに頭を掻く。
すると、1年がせつなげな溜息をひとつ吐き、そして思いきったように顔を上げて。
「佐伯先輩にはもう、恋人がいらしたんですね・・・すいません、私知らなかったから」
「は・・・?」
「諦めます・・・どうか、あの方とお幸せに・・・」
そう言いながら1年が、あたくしと佐伯の間を小走りに去って行った。
通り過ぎる瞬間、その子の目がキラキラと光っているのを、あたくしは見てしまったわけだが。
「ちょ、ちょっとぉ!?」
「乙女の涙だわね・・・この女泣かせが」
「山崎まで変なこと言わないでよ!」
「大体あんたが悪いのよ、そんなもんご丁寧に1個1個貰っているから、小森が興奮するし、あの子が泣くし・・・」
「どうしてよっ、だって断る方が失礼でしょ!? それにチョコレート好きなんだもん」
城南中の乙女たちを泣かせている自覚がないオカ研仲間の、呑気な発言を聞いてあたくしは呆れる。
「持ち切れないからって理由で、後から渡そうとした子たちに断りまくる方が無神経よ。それに、いくら好きだからってそんなに貰ってどうするの? お返しが大変でしょーに」
「どうするって食べるに決まってるじゃない。っていうか、お返しって何?」
「バレンタインに貰っているんだから、ホワイトデーに返すのが礼儀ってもんでしょう」
「男じゃないもん、私」
「だったら貰いなさんな・・・」
「くれるって言うのに、貰っちゃいけないの?」
この感覚が佐伯はちょっと可笑しい。
確かに女の佐伯に勝手にチョコレートをあげている子達へ、ホワイトデーにまで責任を持つ必要はないかもしれない。
ただその理屈を押し通して相手に中途半端な期待を抱かせて、後で大事故になったとしても、それは佐伯の自業自得だということが、わかっていそうにないところが友人としては少々心配なのだが・・・まあ、それはそれで面白そうだ。
靴箱を開ける。
「嘘・・・」
靴箱の扉をもう一度閉めて、名前を確認する。
2年1組出席番号22番、山崎雪子。
間違えてはいない。
「何してるの、山崎?」
「あ、いえ・・・べつに」
扉をもう一度開け、入っているものを取り出し、上履きを足の前へ下ろす。
「なんだ、山崎も貰ってるじゃない!」
佐伯が急に明るい声を出した。
仲間を見つけた、という甚だしい勘違いの声と顔だ。
「これは違います」
「ホワイトデー」
「おそらくこれは佐伯に渡そうとして、間違えてあたくしのところに来たのですわ」
包みをそのまま佐伯に差し出した。
「クラスも違う、出席番号も全然違って靴箱の場所も1メートルぐらい離れてる、私と?」
佐伯は受け取らない。
「ええ、きっと」
自分でも少々無理矢理な理屈を捏ねたとは思ったが、佐伯が呆れたと言いたげな顔をして溜息を吐いた。
「それは無理があるでしょう山崎・・・・だいたい、これ以上渡されても困る。それは山崎が貰ったんだから、返すんならちゃんと自分で返しなさいよ。ほら、行くぞ。あんた日直なんでしょ? 遅刻するよ」

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