「ところでお前ら、この店よく来てんの?」
「原田君、行儀が悪いわよ。スプーンを置いてから喋りなさい」
江藤に注意されたのでスプーンを皿の端に置き、口の中を水で濯いでから改めて後ろの席を振りかえることにした。
結局、山崎だけ最初に注文したカレー・・・どうやらオホーツク海カレーという、蟹や帆立て貝が入ったちょっと豪華めのカレーだった。
あとの二人は普通のカレーを頼んでいたが、急きょ食べ放題にチェンジということで、佐伯は現在2皿目、小森はつい先ほどから3皿目に入っている。
俺達と喋り始めた段階で結構時間が経過していたらしいのだが、しかし途中で変更ということで、店長の好意により10分サービスしてもらったようだ。
それにしても小森はチビのくせに凄い勢いで食っている。
「ときどき来てるよ。オカ研の活動中のみだけどね」
佐伯が一旦スプーンを置いて教えてくれた。
「なんだお前ら、本当に同好会の活動中だったのか」
「同好会じゃありませんわ。研究会です」
山崎が即座に訂正してくる。
どうも彼女は同好会と呼ばれることに抵抗があるようだった。
「部として認めてもらってないんだから、同好会でいいでしょ。何拘ってんのよ」
「研究会と言ったら、研究会です!」
「まあまあ・・・本当に火つくの早いな、お前らは・・・。で、今日は何の話してたんだ?」
「そうだ、原田君だったら知ってるんじゃないかな。城陽の旧館に出る女の子の霊の話」
2皿目の最後の一口を綺麗に食べ終えて、佐伯がスプーンを置くと、本格的に喋りだした。
彼女達はスポーツ文化公園近くにある、ミッション系女子校の城南女子学園高校に通う生徒達で、3人ともオカルト研究会所属だ。
ちなみに他にメンバーがいるという話は、今のところ聞いたことがない。
オカルト研究会とはその名の通り、オカルト現象について考察する研究会だが、実際はその殆どが都市伝説について調査をすることが主な活動内容のようである。
山崎が先程フィールドワークと言っていた通り、語り合うだけではなく現地へ直接出向いたりもしているようで、オカ研の活動中にこの店へよく来るということは、おそらくどこかへ行った帰りに今日のように立ち寄っているということなのだろう。
小森曰く“オカ研ガールズ”の3人によると、どうもこの辺りにはさまざまな不思議スポットがあるらしく、うちの学校などそのオンパレードに近い状態らしい。
それにしても、旧館に出る女子生徒の霊といえば・・・。
「お前ら、またあの話かよ・・・」
俺達は以前、オカ研ガールズと一緒に城陽の旧校舎で肝試しをしたことがあった。
そのときの彼女達の目的が、旧館の音楽室にあるピアノに関わるものだった。
昔この地域一帯で大きな地震が起こり、理科実験室から発生した火災で旧館は大きな害を被った。
その事故に巻きこまれて一人の音楽講師が亡くなり、その霊がたびたび目撃されているらしいのだが、亡くなったのは女子生徒だという説もあって、このへんは話が混乱している。
そして俺は肝試しのときに一緒に回っていた一条篤(いちじょう あつし)とともに、血を流しながらピアノを引いているおさげ髪の少女を見た気がするのだが・・・。
「音楽室のピアノの話じゃありませんわ。資料室に出る霊の伝説です」
「あいよ。時間内に食べられなかったら全額支払いになるから注意してね、お嬢ちゃん」
「は〜い」
「小森、まだ食べる気なの・・・?」
店長が運んできた4皿目に、小森がスプーンを入れるのを見て、佐伯が少し心配そうに聞いた。
制限時間は残り7分ほどなのだが、この勢いだと余裕で平らげそうに、俺には見える。
「ちょっとそういう話はやめてよ・・・」
江藤が顔を歪めて嫌悪を示した。
彼女は霊感が強く、この手の話題がときどき苦手である。
話によってはノッてくることもあるのだが・・・その境目がどうも俺にはわからない。
「資料室ってのは、何んの資料室なんだ?」
今日は嫌がっているようなので、ちょっと話のベクトルを変えてやることにする。
「なんでも司書室の奥にあるらしいですわね。なんの資料を収めているところかは知りませんけど。図書委員をやっていた女子生徒が、悪ふざけが好きな先輩に調べ物を頼まれて資料室へ入ったところ、外から鍵をかけられて出られなくなったそうですわ。資料室は窓ひとつなくとても狭くて、閉所恐怖症の彼女はパニックになり、大暴れした揚句に書架が倒れて来て、運悪く下敷きになって亡くなったそうよ」
「なんだか微妙な話ね・・・」
江藤が言った。
確かにピアノの話に比べればインパクトに欠ける。
お陰で江藤も恐怖心が薄れたらしく、少し落ち着いたようだ。
「まあ、それでも人が亡くなってるからな・・・本当ならお気の毒な話だ」
「ねえ原田さん、もう一度旧館に入れないかしら」
「あんた達はまた・・・。だいたい、旧校舎は封鎖されてるから立ち入り禁止だって、もう知ってるでしょ?」
そうなのだ、本来は。
一緒に肝試しをしていた峰兄妹が、上階へあがれなかった理由がそれである。
しかし。
「あら、江藤さんもあたくしも2階まで上がったじゃありませんの。佐伯や小森もその上まで・・・」
ここにいる俺達は全員、本来上がれない筈の2階から上にあがっていたのだ。
「だっ、だからあれはあたしもアンタも、霊に悪戯されて幻想を見ていただけで・・・」
女子高生に幽霊が悪戯・・・という言葉の並びが、なぜか卑猥な感覚を呼び起こしそうになり、俺は慌ててコップの水を呷って気を鎮めると。
「封鎖はされていない」
まずは現状を説明した。
落ち着け俺。
「本当なの?」
「本当ですの!?」
江藤と山崎が同時に言った。
気が合うのやら合わないのやら、わからない二人だ。
「ああ。来週から旧館の取り壊し工事があるから、今は解かれてる。ただし工事業者が出たり入ったりしていて、危ないから、部外者はやっぱり立ち入り禁止だけどな」
「あら・・・残念ですわ」
「やだ〜、ってことは。旧館無くなっちゃうの? もったいない」
佐伯が身を乗り出してきた。
「もったいないってお前、オカ研的にはそうかもしれないけど・・・」
「すごいねお嬢ちゃん。見事な完食だ」
店長がカウンターの奥から出て来て、米粒ひとつ残っていない小森の皿を全部確認した。
身長140センチ台でしかも華奢に見える小森が、自慢げに店長へ向かってVサインをしてみせる。
どこに収めたんだ、一体・・・。
「ねえ原田君、それって本当の話なの?」
江藤が、念を押して確認してきた。
昨年度まで委員長をやっていただけに、学校関係の大きなニュースを別の生徒から噂話のように聞かされることには、まだ慣れないのだろう。
「ああ。昨日委員会で言ってたぞ。で、俺達ヤローは明日手伝えってさ」
3年の各クラスから男手を2名ずつ駆りだされることになったのだ。
うちの場合は委員長、副委員長とも男なので、必然的に峰祥一(みね しょういち)と俺が行くことになる。
「それって原田君は旧館に入るってこと!? えー、いいな〜」
「いいもんか。埃まみれの黴臭い特別教室から荷物の運び出しだぞ」
「でもいいなぁ・・・」
ひとりだけ羨ましそうにしている佐伯に俺は苦笑した。
どこまで都市伝説が好きなんだ。


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