バサバサッと音を立てて、足元に散らばるセピア色の紙片。
「製本が弱ってるみたいだな」
近寄ってきた峰がそう言って紙を集め始める。
「すまん・・・」
「構わん。俺が先に手を出していたら、同じことをやっていた筈だ」
「峰・・・」
意外な優しさに触れた気がした。
そういえば峰は、口が悪かったり、つっけんどんな態度をとったりするが、けして冷たい男ではない。
修学旅行のときも、無断外泊をした俺と一条のフォローを予め先生に入れてくれたのは峰だ。
紙片にページの印刷はなかったものの、表紙の裏が目次になっていたため、並べ直しにそれほど時間はかからなかった。
どうやら出版社で製本されていたものではなく、集められた市販の地図や図画にカバーを付けて綴じていたものだったようで、もう一度綴りなおせば元通りになるとわかった。
ただし紐は劣化が酷く、俺が落とした衝撃でちぎれたために、取り替える必要があったが。
集めた紙束を一旦そのまま足元の隅へ置く。
替えの綴り紐については、後ほど先生に相談するしかないだろう。
「他にもこういう書類が沢山ありそうだな」
峰が、反対側の書架を見ながら、もう一度歩き始めた。
「このあたりの大判資料はどれも危険みたいだな。・・・そっちはどうだ、峰?」
「こっちは殆どハードカバーで装丁されてる出版物みたいだから大丈夫だろ・・・ただ、闇雲に運ぶと後がカオスだから、ある程度整理して運ぶべきだろうな。そもそも何順で並んでるんだ、これは・・・」
ブツブツと言いながら峰がぐるりと棚を見ながらUターンして戻ってきた。
俺が手を出して本をバラバラにしたあたりには、古い紙資料が集めてあるようだった。
それぞれのタイトルを見ると、『西陽(さいよう)稲荷神社境内領地絵図』、『泰陽大火図』、『泰陽城下人力車賃金規定』などといった歴史を感じさせる名前が、表紙や背表紙へ手書きで書かれており、装丁はすべて手製のようで、やはり綴られていたり、あるいは傷んだ木箱へ収められたりしていて、いずれも取り扱いに注意がいりそうだった。
その隣の棚は製本されてどこからか出版されている市販の書物のようで、城址や環濠集落、古墳といった史跡関係の書物が多い。
その足元には段ボール箱が積んであって、これもまた扱いづらそうだ。
反対側の棚には、学校関係の古い資料が集められている。
女学院時代の卒業アルバムや、学校関係の記事が掲載されている新聞の切り抜き、昔の先生方が出版された研究書などが棚に並び、こちらも手前に段ボールが置いてあって、その中には8ミリフィルム、カセットテープなどの年季が入ったオーディオメディアが収まっていた。
「つまり、こっち側は土地関係、あっちは学校関係って感じか?」
「そんなところだな。あとは比較的大判のものが出入り口側、中小が奥の方で、棚の手前はダンボール。それから棚のブロックごとに、ある程度年代順で纏められてるみたいだな。・・・段ボールはかなり弱ってるから、台車か何かで運んだ方がいいだろう」
そう言って峰が、古い絵ハガキが収められているらしい箱の側面をつま先で軽く蹴る。
まるで反動がないところを見ると、紙の繊維が相当弱っているようだ。
「おや・・・」
箱から見えている一冊の絵葉書ファイルの背表紙に、俺は『西峰寺』の名前を見つけた。
それを手にとって中を開いてみる。
1枚目の絵ハガキは隅に『西峰寺甘露門』と書かれている、浮世絵っぽい感じの山門の絵画だったが、確かに西峰寺だ。
「なあ、なんで甘露門なんだ?」
「甘露の法門の略称だ。甘露というのは涅槃や理、門は教。つまり涅槃に入るための門という意味で、この山門をくぐり、仏の教えに導かれることを表す。また、施食会(せじきえ)で読む式文のことでもあり、御釈迦様から伝わるお経を読むことで、ご先祖様だけでなく、供養に恵まれない御霊に食を施し成仏を促す。ちなみにうちの甘露門と本堂は一応重文指定されている」
峰がつらつらとその謂れを教えてくれたが、残念ながら最後以外は理解できなかった。
なるほど、考えたら古いお寺だからそういう、浮世絵になって絵葉書にされるような凄い建物とかがゴロゴロあっても不思議じゃない。
どうやら背幅5センチほどのファイルには、この西峰寺関係の絵葉書ばかりが集めれていた。
隣のファイルは『西陽稲荷神社』、あとは『泰陽町名勝』や、『泰陽港』などとラベル書きされていて、60センチ四方ぐらいのダンボールいっぱいに、10冊ほど収まっている。
よくこれだけ絵葉書ばかり集めたものだ。
下の段ボールには『引札』と書いた紙が側面に貼ってあったが、これはどういう意味かわからない。
「とりあえずブロックごとに運び出して混じらないようにすれば、細かいところは多少入れ違っていても大丈夫だろう・・・・先にブロック分けの番号でも振っておくか」
喋りながらも、真面目に資料のチェックをしていた峰が続けて言った。
「おう。じゃあ書くもんとセロテープ借りてくるわ・・・」
そう言って扉へ向かいドアノブに手をかけて、異変に気が付く。
「どうかしたのか、原田」
「いや・・・あれ・・・? 開かない・・・」
ドアノブを握ってガチャガチャと左右に回す。
「貸してみろ」
横から峰が割り込んで来た。
そして取っ手を握りしめて揺らしてみるが、やはりビクともしない。
「鍵、閉めてないよなぁ・・・」
自分で言ってすぐに気が付いたが、ロックされているわけではなく、ドアが向こう側に開かないのだ。
峰がドアをぐいぐいと押し始める。
僅かな隙間が開いたように見えた・・・ということは。
「向こう側に何か置かれて、閉じ込められたみたいだな・・・」
「っておいっ、マジかよ・・・・おーい! 開けてくれ! おーい!」
「無駄だろ。だいぶ前から外は静かだ・・・・俺達も静かにやっていたから、誰もいないと思われて、何か置かれちまったんだろう」
「そんなっ・・・そうだ、携帯・・・って、鞄に入れっぱなしだ。峰、お前は?」
「同じだ。・・・参ったな」
「とりあえず、誰か呼ぶしかねーだろ・・・おーい!」
そんな感じで暫くの間、俺と峰は、ドアを叩き続けて助けを呼んだ。
だが、誰にも気づかれることはなかった。
叫び疲れ、気疲れて俺と峰は、いつしかドアを背に並んで座り込んでいた。
「今何時ぐらいだろうな」
「助けを呼んでいた時間が30分、書架とダンボールをチェックしていた時間が30分として、午後7時半ぐらいだろ」
「そうなのか?」
「適当だ。悪かったな・・・さっさと本の運び出しをやっていれば、こんなことにはならずに済んだ」
ボソリと呟く峰の声が聞こえて隣を見ると、端正な横顔が半分目を伏せて暗く沈んでいた。
本当に自分のせいだと思っているようだった。
「何言ってんだよ・・・それを言ったら、俺だって途中で本壊して余計な手間かけさせちまったし、よっぽど俺の方が責任あんじゃん。だいたいお前、全然悪くねえし」
「・・・それもそうだな」
「なんだそりゃ・・・・ひぃっ!?」
そのとき、突然司書室でガタンと大きな音が鳴った。
俺は驚いて大きく息を呑む。
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