「まさか入り口塞いでるなんて思わなかったんだよ」
「ああ、いや・・・」
俺達を閉じ込めたのは、後から司書室の応援に来たB組の連中だった。
雪島がいればあるいは、もう少し気を付けてくれたかもしれないが、7時を回った時点で和泉先生が彼女を帰し、そのぐらいの時間に俺たちも掃除を終えて、ドアから出入りをしなくなっていた。
ドアを閉めたのは峰だった。
外では派手に物を動かしていたため、邪魔になると判断し一時的に閉めたらしい。
その後俺達は書架のチェックに移ったので資料室が静かになり、もともと目立たない部屋ということもあって、そろそろ疲れてはじめていた司書室の連中も中に人がいるという注意が薄れたのかもしれない。
だから作業の終わり近くになって、司書室の机を運び出そうとした際、邪魔になったコピー機を動かしたところ、うっかり資料室のドアを塞いでしまったと・・・そんなところのようだ。
「まあいろいろと不幸が重なったってこったな」
やれやれ。
塞いでいたのはほんの10センチ程度だったらしいので、諦めずに二人で押し続ければ、ひょっとしたらなんとかなったのかも知れない。
そうは言っても、コピー機はやはり重すぎた。
「でもよく中に俺達が残ってるって、途中で気づいてくれたな」
「ああ、それは峰の携帯のお陰だよ」
「俺の?」
そこでB組のクラス委員長である、松ヶ崎修(まつがさき おさむ)の表情が少々曇る。
「お前・・・・なんかストーカーにでも狙われてるのか?」
もともと作業を始めるにあたって、俺と峰は旧館の入り口に鞄を置いていたのだが、これも荷物の運び出しをするにあたって邪魔になったようで、部室棟の軒下に移動されていたそうだ。
そこへつい先ほど戻ってきたウォーキング部が、しつこく外で鳴り続ける携帯の着信音に気付き、辺りに持ち主もいないように見えたので、鞄を調べて俺達の名前を割り出し、担任の井伊須磨子(いい すまこ)教諭に連絡してくれたようだった。
そして井伊先生から連絡を受けた仙頭先生が松ヶ崎達に話を聞いて探しに来てくれたと、そういう経緯だったらしいのだが。
松ヶ崎から峰が鞄を受け取る。
そして携帯を取り出して、大きな溜息を吐いた。
横から待ち受け画面を覗きこんでみる。
「着信152件・・・」
ほぼ全部まりあちゃんだった。
犯罪まがいな行為の是非はともかく、今回は素直に、まりあちゃんの粘着質なブラコンぶりに感謝した。
峰の運命が、この後どうなるかは知らないが。
それから俺達は間もなく家路へ着いた。
連絡もなく遅くなった俺を心配していたらしい伯母の冴子(さえこ)さんは、玄関先で頭のてっぺんから足元までゆっくりと見下ろしてきて、あからさまに顔を顰めた。
制服デザイナーの彼女としては、ジャージ姿で学校から俺が帰ってきたこと、しかも埃まみれだったことなど、許せない点がいろいろあったようだが、事情を説明すると大変だったとわかったらしく、風呂が沸いているから先に入りなさいと勧めてくれた。
疲れた俺を労ってくれようとしたのか、あちこち汚される前に身体を洗ってほしかったのかは、悩むところだ。
10分程度で風呂から上がり、部屋へ戻ろうとしたところで、今度は伯父の英一(えいいち)さんに呼びとめられた。
「お友達が来てるよ」
時間的に江藤が来ることは考えにくいので、野郎だと判断し、短パン姿に頭からバスタオルを掛けたまま玄関へ出てみる。
そして玄関先に立っている長身を目撃して、俺は息を呑んだ。
「・・・やあ」

 


1ヶ月ぶりに見る一条は、一足早く日焼けしたようで少し精悍になって戻ってきた。
「なんか、また色々持ってんな。まあ座れよ」
お土産らしき袋を3つほど手に提げて入り口に立ったままだった一条に、絨毯の空いた場所を顎で示すと、俺はベッドへ腰を下ろしバスタオルで髪を拭く。
「お風呂上がりなんだ」
「まあな、ちょっと作業してて埃まみれになったから」
「何してたの?」
「別に大したことじゃねえよ。旧館取り壊すことになったから、荷物運びに駆りだされてただけで」
「へえ、取り壊すんだ。でもなんで秋彦が?」
「ああ・・・俺、副委員長になったんだ。でまあ、男手が必要だってんで・・・」
「委員長は?」
そう言いながら一条もベッドへ近づいてくると、隣へ腰を下ろしてきた。
不意に峰からまたキスされたことを思い出し、なぜか気づかれそうな気がして立ち上がる。
「あの・・・お前こそ、どうだったんだよ」
そのまままっすぐにクローゼットへ向かうと適当にTシャツをとり出して、それを着た。
次に勉強机の椅子を引いて、そちらへ腰掛ける。
不自然はないだろうか。
「どうって・・・?」
一条が聞いてきた。
「だからさ・・・留学してたんだろ? どうだったんだ」
「まあね。普通かな」
「まあねってこたぁないだろ。もともとエスパニア語なんてペラペラのお前にしたら、学校の授業なんて物足りないって感じだったのか?」
「そんなところ」
「嫌味くせぇ奴だな。で、他には?」
「僕の話なんてどうだっていいじゃない」
「よかねえよ、こんな時間に押し掛けて来て。ちゃんと話せよ」
「こんな時間に押し掛けて来て悪かったね・・・そういえば着信拒否もまだ解除してもらってないんだった、忘れてたよ」
「お前・・・一体何だってんだよ、ムカつく野郎だな」
「そっちこそ何なの? 恋人に会うのに理由が必要なのかな」
「一条・・・」
「時間を考えなかったのは謝るよ。でも9時過ぎがそれほど非常識な時間という気はしなかった、前にもっと遅い時間に訪ねて来たとき、秋彦は僕をちゃんと受け入れてくれたからね。付き合い始めた今なら問題ないと思ったんだ。それに僕はついさっき帰国したばかりで、空港からここへ直行した。そのぐらい君に会いたかったんだよ」
「一条」
「それとも・・・恋人だと思っていたのは僕だけだったのかな。・・・君は相変わらず名前では呼んでくれないしね」
「それはっ・・・急にそんなこと言うなよ」
「急だとは思わないけど」
「・・・悪かったよ、着信拒否したのは謝る。それに、ちょっと苛々してたんだ。当たってすまなかった」
「なんかあったの・・・?」
「まあな・・・色々と。今日も旧館の資料室にいきなり閉じ込められたし」
「どうして、また?」
「いや、べつに苛めとかじゃねぇから心配すんな・・・つっても、俺が苛められるとか思わねぇだろうけどよ」
「ははは、確かに」
「・・・いや、笑っていいとこじゃねぇよ、閉じ込められたっつってんのに。でもま、これについては一種の事故だよ」
「ごめん、それは災難だったね。・・・そうか、色々と秋彦も大変だったんだ」
「まあな。それに・・・お前だって悪いんだぞ。俺に何の相談もなく留学決めやがって」
「それは本当にごめん・・・でも、あのときも言ったけど、決まったこと自体が突然だったんだよ」
「だからって、当日ってこたぁないだろ」
「それは謝るよ・・・黙っててごめん。なんて言いだそうか、本当に悩んでたから。嫌な思いさせてごめんね、秋彦」
そう言って一条が俺に手を伸ばした。
俺はその手を、軽く払い落す。
「誤魔化すな馬鹿野郎。ちゃんと白状しろ。てめぇの目的はなんだ。なんで留学が必要なんだ」

 07

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