そんなある日のこと。
いつもの車両に乗ると彼女がいなかった。
「バイトかな?」
そう思った次の瞬間、連結部のガラス越しに隣の車両に乗っている彼女を発見した。
俺は、さっそくそちらへ移動を試みた。
「すいません・・・うわっ・・・なんだこれ」
しかし、ドアを開けて失敗したと思った。
隣はとんでもない混雑になっていた。
おおかた総合体育館で何かの大会でもあるのだろうか、運動部系の野郎でとても雄臭いことになっている。
・・・ああ、こんな酷い場所に彼女のような可憐な女性が閉じ込められているなんて。
「急がねば」
妙なヒーロー魂に突き動かされて、俺は負けじと隣の車両へ一歩を踏み出す。
そのとき電車がカーブにさしかかり、俺はバランスを崩して、ドアの窓ガラスに体を押し付けられた。
「・・・っ!」
乗客に押しつぶされると思った予感は的中せず、その代わりに目の前に立ちはだかっていた男子学生が覆いかぶさるようにして、正面から俺の頭の両横辺りの窓ガラスに、バンと音を立てて手をついてきた。
何だコイツ・・・?
まるで迫られているような格好である。
そいつが・・・俺を見て笑った。
「・・・すごい混雑だね。今日は剣道の大会があるから・・・」
なるほど。
そういえば江藤がそんなことを言っていたっけ。
今年こそはナントカ杯の個人戦がどうのこうの・・・って。
それにしても。
こいつはなぜか、そのまま動こうとしなかった。
「あの・・・えっと」
手を離してください・・・と言うべきかどうか。
どうやら彼は、後ろから押してくる人の圧迫から、俺を守ってくれているつもりらしい。
本当に余計なお世話だが、無下にするのも、ちょっと気が引ける。
男子学生はニコニコとさわやかな笑顔で俺を見下ろしていた。
よく見ると、かなりデカイ。
第二次性徴が遅れている俺より15センチは背が高そうだが、胸元の校章には「中」の字が刻印されている。
ということは中学生だ。
俺と同い年以下だ。
屈辱だ。
それにこの制服には見覚えがある。
確か二葉(ふたば)だろうか・・・だとすると偏差値も・・・かいな。
泣きそう。
ふと気がつくと彼女が見えなくなっていた。
焦ってキョロキョロと視線を巡らす俺を見て、何かを誤解したらしいソイツが、「ああ」と言いながら、突然俺の手首をがっしり掴んだ。
「えっ・・・ちょっと・・・」
「君、城陽の生徒だったよね・・・すいません、次、降りますんで通してください。大丈夫。ちゃんと出られるから」
「は!?」
なんと俺をドアまですいすいと誘導し始めた・・・言っている間に電車が臨海公園駅のホームへ入っていく。
どうやらソワソワしはじめた俺を見て、乗り過ごしの危険を心配しているでも思われたらしく、引き続きお節介を焼こうという算段のようだった。
っていうか、何故? 俺、私服なのに、何故学校を知っている!?
コイツは何者!? どうして男の俺にそこまでする???
色々とパニックになった俺を見事にホームまで誘導すると、そいつは車内に戻り、再び動き出した電車から見えなくなるまで窓ガラス越しに俺に向かって手を振り続けていた。
俺は結局この日、彼女と出会って以来、初めて一言も会話を交わせずじまいだった。
05
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