そして運命の翌朝。
いつもの時間より少し早く、俺は駅を目指した。
快速は住宅街のある城西公園駅で、約2分間停車している。
彼女が必ずしも3両目に乗っているわけではないと判った以上、電車へ乗る前に彼女を探す必要が出てきた。
城西公園駅で改札に定期を通した俺は、間もなく入ってきた快速電車を目で追い・・・そして思わぬ人物と遭遇した。
そいつは3両目の1番前のドア・・・つまり俺と彼女がいつも朝のご挨拶という甘いひと時を過ごしていたドアへと続く乗車口に立ち、迷うことなくまっすぐに俺へ視線を送っている。
「なんでアイツが・・・」
真夏なのに律儀にも、紺色のネクタイをきっちりと上まで締めた白いカッターシャツに、胸元に挿した金の校章。
人のよさそうな笑顔は、俺を見るなりバラ色に頬を染めた・・・染めやがった。
「やあ、おはよう!」
恥ずかしげもなく手を振っている・・・見て見ぬふりをして引き返そうかと、マジで一瞬考えたが、今日の小テストを蹴ると内申がヤバいことになる。
「よぉ・・・えっと、なんだ、昨日はありがとうな」
目を合わす勇気がなかった。
なんとなくだが、嫌な予感がする。
「そんなとんでもない・・・僕こそ、昨日は君と話せて嬉しかったよ。・・・本当は君を学校まで送りたかったんだけど、残念ながらあの後すぐに弁論大会があったからね」
「弁論大会?」
「そう。昨日、総合文化会館で中学生英語弁論大会の市長杯があったんだよ」
「へぇ・・・」
嫌なもんに出てんな、さすが二葉だ。
「そうだ。はい、これ」
「何?」
目の前に小さな機械が差し出される。
これはどこからどう見ても、超有名コンピューター会社が出している、世界一有名な・・・。
「副賞で貰った音楽プレイヤーだよ。再生してみて」
ヘッドホンを片方だけ装着し、言われた通りに再生する。すぐに液晶へさわやかな笑顔のコイツが表れて、英語で何やら喋りだす・・・撮影場所は自室だろうか。
「・・・僕の気持なんだ」
と、恥ずかしがって言う。
「へぇ・・・」
全然判んねーよ・・・バカかこいつ!?
っていうか、市長杯と言ったか?
ウチの市は納税者の血税を使って、こんなモン中学生に配るために、くだらない大会開いてんのか?
まあ、俺は税金納めちゃいないが。
「受け取ってくれるかな?」
「iP○Dくれんの?」
「えっ・・・まあ、べつにいいけど・・・」
「サンキューな」
この動画は即効削除してやる。
そう言ってゲットしたiP○Dを鞄に仕舞い電車に乗り込・・・みかけたところを、引き留められた。
あたりまえか。
「君」
「・・・・・」
さすがに怒らせたかと思って振り向くと、相変わらず頬を染めたヤツの、ちょっと真剣な目とかち合った。
「ちゃんと伝わらなかったみたいだから、単刀直入に言うよ」
「・・・・・」
ごくり。
「僕と付き合ってほしい」
やはりそう来ましたか・・・俺は電車の車内を見渡した。
女子大生たちが、俺たちをチラチラと盗み見てはほくそ笑んでいる。
でも、こいつは一向に気にしていないようだった。
「あのさ・・・」
俺はそろそろはっきりさせるべきだろうと感じ、しかしなんと言ったものかと少し思案した。
昨日俺は女性車両から移動した。
あの時のこいつの俺に対する接し方は、到底同じ男に対するものとは思えない。
そして、どこでこいつのハートを射止めてしまったのかはまったく謎だが、俺へのこの告白。
まず間違いなく女だと思われているのだろう。
毎日言葉を交わしている彼女も気づいていないぐらいだから、俺はどうやら結構女顔ってことなのだ。
俺のかすかな制止にも気づかず、ああだこうだと口説き文句を並べているこいつをチラリと見上げる。
よく見れば、結構ハンサムだ。
加えて二葉の入試をパスした高偏差値、英語弁論大会で入賞する語学力、スタイルもいい。
天然ボケさえなければ、女など選びたい放題だろうに、神様はやっぱり存在した・・・。
しかしいい加減に誤解を解いてやらないと、こいつが気の毒だろうか。
「・・・僕は一条篤。二葉中の3年だよ。君のことはずっと見ていた。実はESSの合同練習で、夏休みに入って以来しばらく城陽に行っていたから、僕もずっと同じ電車に乗っていたんだ」
「ああ、なるほど・・・」
だから俺のことを知っていたわけだ・・・片やESSと英語弁論大会。片や補習・・・目的に大きな差があるが。
「けれど、君はいつも女性専用車両に乗っていただろう? 駅に着くと、もの凄いスピードで走って行っちゃうから、全然話しかけるチャンスがなくて、困ったよ・・・」
「はぁ」
そら遅刻なんてしようもんなら、ますます内申が危ないですから。
結局一度遅刻しちゃったし・・・まあ、おかげで彼女とお近づきになれたわけだが。
思わず頬が緩みかけ、俺は自分を戒める。
だが、遅かった。
少し顔に出ていたようで、どうやらこいつを調子に乗せてしまったらしく・・・。
「一目ぼれみたいなんだ・・・君、ひょっとして彼氏とか・・・いたりするのかな、やっぱり・・・?」
こいつが一歩俺に近づく。
「いや、いないっすけど・・・」
俺は一歩後ろへ下がる。
さりげなく肩へ置かれる手・・・を即座に払う・・・、が、その手を掴まれた。
「本当!? ねえ、だったら僕とつきあってくれない?」
「・・・・・!」
きゃ〜っ、助けてぇー!
体はいやぁーっ! お慈悲ーっ!
「それとも、僕みたいな男じゃ・・・やっぱり退屈かな、真面目すぎるってよく言われるし・・・」
「いや、全然退屈じゃねえけど・・・」
むしろ面白いと思うよ、お前・・・天然ってお前みたいなヤツのためにある言葉だろ?
けれど、この展開は勘弁です・・・。
「そう、よかった・・・えっと、じゃあ僕の携帯番号だけど・・・」
そう行って一条はあっさり俺から手を離すと、鞄からガサゴソと携帯端末を取りだした。
解放された俺は、ふたたびヤツと、たっぷり1メートル距離を取る。
俺セーフ。
出てきたのは、先日某携帯会社社長が、六本木の本店でタレントとともにワイドショーで宣伝していた、発売されたばっかりの何かが画期的らしい最新機種。・・・たぶん10万は下らない。
貰いもんとはいえ、iP○Dをあっさりと他人にくれてやったり、こいつブルジョワかよ!
「あのさ、・・・ひとつ誤解解いていいかな?」
「えっと・・・番号はね・・・あれ・・・」
まだ使いこなせてないらしい。
というより自局が出せないって、致命的に機械オンチだろ。
・・・いや、それより聞けよ。
「なあおい、俺、男だぞ」
「うん・・・あった! ええとね、090の・・・」
しかも口頭で伝える気か。
「だから、俺、男!」
「うん・・・えっ!?」
「・・・・・・・」
そいつは上から下までじっくりと、3往復は俺を凝視した。
いや、そこまで女みてぇじゃねぇだろ!
「だって・・・君・・・」
そう言いながら、ヤツは俺の真後ろの車両へ視線を送る。
そして小さく悲鳴を上げて押し黙ると、気まずそうに俺へ視線を戻した。
頬の紅潮は消えている。
というか、ちょっと青い顔をしていた。
嫌な予感がして、俺もおそるおそる後ろを振り返る。
女子大生たちの突き刺すような視線が、俺を射殺した。
その中に・・・彼女もいた。
俺の淡い恋が終わった瞬間だった。
06
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