「あ〜まったく酷い目に遭った」
国立公園の遊歩道を歩きながら江藤里子(えとう さとこ)が言った。
文化祭の撤去作業後、俺達はどういうわけか、城南(じょうなん)女子のオカルト研究会・・・当人たち曰く「オカ研ガールズ」に誘われ、旧校舎で肝試し大会をしていた。
そこでいろいろあって、学校を出たのが午後7時過ぎ。
樹木ばかりの国有林は鬱蒼としており、薄明るい外灯に照らされた遊歩道の踏みしめる靴の下では、紅葉した落葉樹の重なり合った木の葉が、ガサガサと鳴った。
「あのぐらいで怖気づくなんて、肝っ玉が小さい剣士ですこと」
「あんただって、ギャーギャー悲鳴あげてたじゃないの」
「逃げ出したのはあなたの方が先でしたわ。それにあたくしはギャーギャーだなんて醜い悲鳴のあげかたをした覚えありませんわよ、下品な江藤里子じゃあるまいし」
「何ですってぇ!」
「おいおい、いい加減にしろよ・・・・」
本来ならこのぐらいの時間になると、野鳥観察やウォーキング客の姿も消えて静かなはずの遊歩道だったが、前を歩いている江藤と城南女子の山崎雪子が、校門を出てからずっとこの調子で言い合いを続けており、賑やかなことこの上ない。
肝試しに参加していたのは全部で8名。
俺、原田秋彦(はらだ あきひこ)と、そして一条篤(いちじょう あつし)、江藤に山崎。
言い出しっぺは山崎だ。
山崎が一条を逆ナンし・・・・、どういう話術を用いたか知らないが、一条が彼女をナンパしたのだと一条を暗示にかけ、マインドコントロールされた一条が俺たちを巻き込んだ。
ちなみにオカ研の山崎の本当の狙いは、城陽の旧校舎に侵入することであって、一条はそのために利用されたにすぎない・・・のだと思う。
その割にしつこく一条に付き纏ってはいたようだが、とはいえ当の一条にその気がまったくないのだからヤツからのナンパは絶対あり得ないし、そもそも一条が好きなのは・・・まあ、そこはどうでもいい。
その他、山崎と同じオカ研ガールズの佐伯初音(さえき はつね)に小森みく(こもり みく)。
あとは俺達のクラスメイトの峰祥一(みね しょういち)に、彼の妹で二葉(ふたば)中に通っているヤンデレ美少女のまりあちゃん。
佐伯は背が高いショートカットのボーイッシュな女子で、俺達や山崎と同じ2年。
小森は肩より長いカールした髪をキャラクター物のヘアゴムで纏めた小柄な1年生で、佐伯に懐いている。
二人は山崎と方向が違うらしく、校門を出てすぐに俺達と分かれた。
そして肝試しがどうだったかというと・・・・、それなりに怖かったりした。
森閑とした山林へ女二人の詰り合いが延々と響き渡っている。
まったく、よく飽きない。
ふと、隣を歩いていた一条が茂みの奥を見つめた。
暗くなると判りづらいが、緩やかな斜面に沿って細いけもの道程度の茂みの分け目が伸びている。
その先のどこかに『死んだらアカン』と書かれた警告札があるという噂だが、俺はまだ見たことがない。
以前、このけもの道を上がった先にある、小高い山の頂上で、二葉中に通っていた少女の死体が発見された。
彼女のクラスメイトだったまりあちゃんが、大きな木の根元で静かに手を合わせていたせつない姿を思い出す。
峰兄妹とは遊歩道の入り口で別れた。
実業家の親を持つ峰の家は学園駅近くの住宅街で、国有林の周りを迂回するより遊歩道を歩いた方が早く着くのだが、恐らくまりあちゃんの気持を気遣ってのことだろうと思われる。
「きゃあっ!」
突然前方で悲鳴が聞こえた。
やれやれ。
「今度は何だ?」
「さあ・・・」
前方10メートルほど先で、立ち止っている女子二人に気が付いた。
山崎が蹲っている。
怪我でもしたのだろうか・・・。
少し小走りに近づく。
「ちょっともう、何やってんのよ」
江藤が腰丈ほどの柵をヒョイと乗り越えると、見る間に斜面をスタスタと降りていった。
いつもながら勇ましい。
今日はピンクっぽいパンツのようだった。
先週の半ばに履いていた、ギンガムチェックのヤツだろうか。
この秋初登場のニューカラーだ。
「おい江藤、どうしたんだ?」
「どうやらあれみたいだね」
一条が指さした方向に目を凝らすと、灰色の学生鞄が木の枝にひかかって揺れているのが確認出来た。
城南女子の鞄だ。
「山崎大丈夫か?」
「ええ、なんでもありませんわ」
立ち上がる山崎に手を貸してやろうとしたが、無視された。
「あ〜ダメだ、届かない・・・」
「江藤無理すんなよ」
鞄は木の枝のまん中辺りにひかかっており、背が足りない江藤は飛びつこうとして不安定な斜面でピョンピョンと跳ねていた。
危なくて見ていられない。
「あたくしの鞄ですから、あたくしが行きますわ」
山崎が柵を乗り越えようとする。
「ごめん、原田君来てくれる? 雪子は、来なくていいから」
「そういうわけにはまいりませんわ。あたくしが不注意で放り落とした私物です」
「一条君は雪子を止めておいて。原田君お願い、さっさとして」
どうやら山崎は自責の念を感じているようだった。
江藤と比べると山崎は身長が10センチほども高そうに見える。
彼女が自分で取ればどうということはない気もするのだが・・・。
「原田君!」
「ああ、はいはい・・・山崎、心配すんな。すぐ取って帰って来るからさ」
俺は状況が飲みこめなかったが、とりあえず言われた通り、柵を跨ぐと、江藤が立っている位置まで斜面を降りた。
「ごめんね原田君。・・・あそこなんだけど、原田君なら多分とれるでしょ?」
「ああそうだな、なんとかなる、・・・かな?」
言いかけてみたもんの、近くで見ると少々微妙だった。
斜面は途中まではなだらかだが、俺達が立っているあたりから急に傾斜が激しくなり、鞄はさらに下の位置から生えている木の枝にぶら下がっている。
斜面をもう少し降りてみた。
「気をつけてね」
江藤が声をかけてくれる。
手近な枝に手を伸ばし、引き下ろした。
上から木の葉がパラパラと落ちて来る。
「昼間来たら紅葉が綺麗なんだろうな」
「呑気なこと言ってないで、さっさとして」
「はいはい・・・」
目標物が少し揺れている。
こうして暫くあちこち揺すっていれば、何とかなるかも知れない。
俺はさらに別の枝に手をかけた。
「あ、落ちてきたわ!」
鞄に向かって手を伸ばす。
次の瞬間、枝から滑り落ちた鞄は、俺の手を弾いて地面でバウンドし、さらに斜面を勢いよく転がり落ちていった。
「しまった・・・!」
「山崎!」
その時上で一条の呼びとめる声が聞こえたかと思うと、土を抉る音が続き、高い悲鳴が重なった。
「きゃあっ、雪子!」
足を滑らせて斜面を落ちてゆく山崎の姿がそこにあった。
身を乗り出した一条が手を伸ばすが、掠りもしない。
俺は慌てて斜面を移動する。
「掴まれ山崎!」
「原田君、そっちじゃ駄目!」
目の前を滑り降りてゆく山崎の左腕を掴もうとした瞬間、江藤が止める声が聞こえた。
構わず俺は山崎の手を掴む。
だが。
「痛いっ・・・・!」
「えっ・・・」
握り返してくれると思い込んでいた華奢な手は、大した反応もなくすり抜けて、そのままさらに斜面を滑降していった。
後ろで江藤の悲鳴が聞こえる。
俺は山崎の後を追って斜面を駆けおりた。
03
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