*初日:マニセス空港* 夜間飛行ののち、フランスのシャルルドゴール空港を経由した俺たちは、同じAFの少し小さい機体に乗り換え一路チューファへ向かった。
機内は俺達と別の日本人ツアー客たちで完全に貸切り状態だ。
ピレネー山脈を越えたあたりから、すっきりと空が晴れ渡り、2時間ほどでチューファ郊外にあるマニセス空港へ到着する。
時刻は午後4時20分、ほぼ定刻通りだ。
機長のアナウンスによると天気は快晴、気温摂氏26度・・・・3月中旬だというのに、初夏並みの陽気のようだ。
着陸し、ゲートへ向かってのろのろと移動する飛行機の窓からは、やがてこじんまりとした国際空港のターミナルが見えてくる。
白い壁面に浮き文字で書かれた都市名の”Chufa”。
青い空に映える群青のEU旗、赤と黄のエスパニア国旗、そして国旗のコンビネーションに空色を加えたチューファ州旗による鮮やかな色の組み合わせが風に吹かれて翻り、この地を訪問した俺達を出迎えてくれる。
一条はいったいこれまでに何度、この景色を見てきたのだろうか・・・ふと考え、そんなことを感慨深く感じている自分を滑稽に思う。
城陽高校の修学旅行は、例年主にヨーロッパ方面へ行くことになる。
そして我が街出身のサッカー選手、石見由信(いわみ よしのぶ)がチューファを本拠地にするラナFCへ入団した5年ほど前、泰陽(たいよう)市とチューファ市が姉妹都市提携を結んだこともあり、市内の各私立高校で修学旅行先の候補地にチューファが名を連ねるようになった。
ちなみに日本からずっと同じ便でチューファにやってきたツアー客は、どうやら石見のファンクラブによる応援ツアーのようだった。
俺達は20日で帰ってしまうが、おそらく週末の試合を観戦して行くのだろう。
ところで3月中旬のこの時期、チューファでは世界中から観光客を集める、大きな祭りが開催される。
現地の言葉で”ラスファジェス”と呼ばれるその祭典は「火祭り」として日本でも有名で、この期間は70万程のチューファ市の人口が倍に膨れあがる。
そして騒音と混雑を避けて郊外へ脱出する現地住民も少なくないのだそうだ。
名物はファジャと呼ばれる張り子人形。
これが祭りの期間は街のあちこちに現れ、おとぎの国へ来たような錯覚に陥るのだとか・・・この形容は一条の受け売りだ。
「一緒にファジャを見て回ろうね!」
修学旅行先がチューファに決まった頃俺にそう言った一条は今、橋本と連れだって数メートル後ろを歩き、俺の隣には峰がいる。
「どこへ行く気だ、出口はこっちだぞ」
「ああ、そうか・・・」
ぼんやり歩いていると峰に注意され、俺はロビーへ続く自動ドアの方向へ向かった。
「なんか、もう出口が見えてるな・・・」
キャリーバッグを転がしながらぽつりと峰が言った。
飛行機からあっという間に手荷物受取所へ出たこともびっくりしたが、到着ロビーの小ささも確かに驚愕だ。
だがマニセスはれっきとした国際空港で、ここからヨーロッパ各地へ飛ぶことができる。
「入国審査とかあるって聞いたのに、それもなかったな」
俺が言うと。
「フランスからエスパニアがEUを中心とした国境システム協定加盟国間の移動だからね。フランスで通ったパスポートコントロールがそれにあたるんだよ。まあ、僕らは団体だったからぞろぞろ通過しちゃったけど」
いつのまにか真後ろを歩いていた一条が返事をしてくれた。
振り向くと見慣れた笑顔がそこにある。
ちょっと懐かしい気がして妙に安心した。
「ってことは、本来ならあそこでホワッツ ザ パーポス オブ ユア ビジット・・・とかって会話をする筈だったんだな」
我ながらベタベタな日本語英語だ。
「ははは・・・まあそうなんだけど、でも大抵日本人の場合は安全と思われてるから、何もなしにスタンプを押して終わりだよ。スタンプすら押してくれなくて、最終目的国でトラブルになるなんて事も結構あるみたい。運が悪いと密入国者扱いされて拘置所で一晩過ごすことになるらしいから、パスポートコントロールではけして係官に任せきりにしないで、自分のパスポートにちゃんとスタンプが押されたことを確認しないといけないんだ・・・でも日本人って、変に相手を信じきるところがあるから」
「ひでぇ・・・そりゃ、経由地の入国審査官が悪いだろ」
「うん。それはそうなんだけどね・・・安全と思われすぎるのも、考え物だよね」
「橋本が遅れてるぞ」
突然峰に注意され、いつの間にか俺の隣に並んでいた一条がその場で立ち止まり、振り返った。
俺も一緒に立ち止り後ろを確認すると、一条のパートナーである筈の橋本が、なぜか列の最後尾を歩く江藤と喋りながら歩いていた。
「あの野郎・・・何やってんだ」
橋本は副委員長の癖に、早速規律を乱していたわけだ。
だが江藤が注意しないというのも妙な話なので、ひょっとしたら今後の打ち合わせでもしているのかも知れない。
「原田何してる、さっさと行くぞ」
「え・・・あ、ああ」
峰に声をかけられ、俺は仕方なく先を急ぐ。
また一条と別れることになった。