*初日:バスにてチューファ市内へ*

外へ続く自動ドアを出るなり、目の前には背の高いパームツリーの茂み。
機長のアナウンスが気温26度と言っていた通り、外はかなり暖かく、日差しがややきつい。
ブレザー着用の冬の制服では暑いぐらいだ。
「なんか、外国って感じだな」
「外国っていうのは随分と大雑把な括りだが、言わんとすることはわかる」
自動ドアのすぐ外はタクシー乗り場。
そこを通り過ぎ、俺達は駐車場まで移動する。
「2年E組のみなさ〜ん、こっちですよー」
白と紺色のツートーンカラーになっている、ドイツメーカーの大型バスが3台。
その一番手前のバスの前に立って、賑やかに手を振っている、おそらくはエスパニア人男性が一人。
俺達はキャリーバッグをトランクへ収めると、入り口に貼りだしてある座席表に従ってバスへ乗り込み、各自のシートへ収まった。
ここでも組み合わせはパートナー同士だ。
俺が窓際、峰が通路側へ収まる。
一条は俺達のすぐ後ろの席だった。
一番最後に乗り込んで来た江藤が人数をカウントしながら通路を歩き、最後尾列の井伊教諭へ報告をすませると、ようやく空港を出発。
3台のバスは一路チューファ市内のホテルを目指した。
立体交差した坂をぐるぐると回り、間もなくバスが空港自動車道のまっすぐな道へ入ると、左右にのんびりとした景色が広がった。
企業の看板がいくらか目に付く以外は、大して大きな建物もなく、眠気を呼び起こすような景色だ。
だが、市内までの移動は15分ほどだと聞いているから、ここで寝るわけにはいかない。
さらに大きく複雑な立体交差を通り抜けた頃、マイクのスイッチを入れた雑音が、突然スピーカー越しに車内へ響いた。
前を見ると、さきほどのエスパニア人がフロントグラスを背中にして、通路に立っている。
「みなさん、こんにちは〜」
ニコニコとした笑顔でエスパニア人が呼びかけると、方々の席からクラスメイト達が「こんにちは」と、口々に挨拶を返す・・・・統率がまるで取れていない。
「えー、みなさんお疲れ様でした。ようこそチューファへ! えーと、僕の名前はホセ・マリア・フローレスと申します。ペペと呼んでください」
そこで車内を見渡し一呼吸置く。
「ペ・・・」
一瞬ざわっとした空気が流れる。
今、そう呼んでほしいのだろうか・・・と思い、俺も口にしかけたが、そういうわけではないようだった。
たぶん皆も戸惑っている。
しかしなぜペペなのだろうか?
ちなみにフローレスというファミリーネームはエスパニア人に多い。
確かチューファの大きなサッカークラブチーム、ナランハCFのセンターフォワードにもカルロス・フローレスという奴がいる。
よく見ればこのペペとやらは、フローレスに似ている気もする。
・・・もう少し背を高くして、髪を短くして、金髪にして、眉を濃くして、彫を深くして、鼻が上を向いて、前歯が出っ歯だったらフローレスになる・・・たぶん。
単純に俺が外人を見慣れていないから、そう思うだけかもしれないが。
個人的にはペペの方がイケメンだと思う。
ナランハCFに、イケメンなんていないから当然だ。
べつに俺がラニスタ(ラナFCのサポーター)だからそう思うわけじゃない。
ナランハCFなんて、ちょっとヨーロッパチャンピオンズリーグの常連だからって、自分たちを強豪だと勘違いしている、片田舎の恥ずかしいクラブチームだ。
ラナは絶対にそんな勘違いをしない。
ヨーロッパチャンピオンズリーグに出たことがないので、勘違いしようもないとかいう話ではけしてない、断じて。
イケメンペペが再びマイクを構えて、話を続けた。
「僕はチューファ大学日本語学科に通う学生です。生まれ育ちはこのチューファです。だからわからないことがあれば、なんでもきいてください。ところで今チューファは”Las Falles”の真っ盛りです。ラスファジェスというのはエスパニア3大祭りのひとつで、日本語でも『火祭り』として、そこそこ有名です。街中に張り子人形が飾られ、それは最終日のサンホセの日である19日の深夜、一斉に燃やされます。その様子はとても迫力があって幻想的です。とりわけメイン会場の市庁舎広場ではチューファ州歌が流れる中、沢山の花火が打ち上げられて、最後にファジャ・・・張り子人形が炎に包まれる様子は非常に感動的です。皆さんもそれを見てからの帰国となりますので、ぜひ、楽しみにしていてください。それでは、間もなく宿泊ホテルのトゥリアエキスポホテルへ到着します。最後になりましたが、今日から4日間、よろしくお願いします!」
ペペがマイクを置くと、江藤の先導で拍手が送られた。
さすが日本語学科の学生というだけあり、日本語はかなり流暢で、聞き苦しい訛りもほとんどなかった。
だが、先に到着したC組とD組のバスからは、やはりエスパニア人と思われる若い女性達が出てきて、ホテルの玄関前で生徒を集めて何か説明をしているのを、俺は発見してしまう。
一人はお色気教師風な黒髪ミニスカの眼鏡女子で、もう一人はぽっちゃりジーンズだが金髪ポニテの巨乳っ娘だ。
「差別待遇すぎるだろ」
「俺はいいと思うぞ。美人はいくらでもこの街にいるだろうが、日本語があれだけ話せるガイドは少ない筈だからな」
短い独り言に返事を返されて、ギョッとしながら隣の席を見た。
「お前はエスパーか・・・」
「原田の考えそうなことぐらい大体わかる」
酷く傷ついた。
峰の言っていたことは概ね正解だったらしく、ホテルのロビーでガイドのたどたどしい説明を受けて、互いに顔を見合わせながら首を捻っている連中を尻目に、俺達はとっととホテルの非常階段やレストランの場所、最寄駅の場所や切符の買い方などの簡潔な説明をペペから受け、その後、井伊教諭から夕食の再集合時間を聞いて、各自の部屋へ解散した。
このトゥリアエキスポというホテルはニューセンターと呼ばれる商業地区にある。
部屋数が400近くあり、俺達の他にも団体客が泊っていた。
フロアは12階あり、殆どの奴がロビーからわりと近い3階の部屋だったが、一部の生徒達は教師たちと同じ11階。
その顔ぶれを見ると、俺達以外は問題を起こしそうな連中ばかりだったのだが、そこになぜ俺達が入っているのかというと・・・単なる部屋割による偶然だと思う。
ちなみに11階は部屋数が少なく、俺達だけの貸切状態だった。
12階は屋上プールとバーしかないようなので、ここが客室フロアの最上階ということになる。
屋上は出入り自由だが、残念ながらプールもバーも、オフシーズン中につき休業中。
外はじゅうぶん泳げそうな気候だし、酒を飲むのに季節は関係ないだろうに、もったいない。


「うわ・・・見晴らしいいな」
カーテンを開けると、目の前は車道。
ただホテルが大通りの角に建っており、その近くに緑豊かな公園があるようなので、かなり景色が良い。
「さっさと荷物解いちまえよ。暗くなるぞ」
「暗く・・・? これからどこか行くのか?」
早くもキャリーバッグから着替えの服や洗面道具などを取り出し、てきぱきとクローゼットやらバスルームへ配置し終わった峰が、キャリーバッグのファスナーを閉めながら言った。
「今は5時前で、夕食は8時半だ。外は見ての通り、昼間並みの明るさで、明日からも結構、自由時間はある。だったら今のうちに駅の場所を確認し、電車の乗り方を覚えて、街の雰囲気ぐらい掴んでおくのが、こういうときの適当な時間のつぶし方だと思うのだが・・・それとも原田は、俺とこの部屋でずっと二人きりで過ごしたいのか?」
「荷物解いて、外出準備しますね」
急に動く気になった俺は、峰に手伝ってもらいながら4日間の住環境を作りはじめた。
峰は結構旅慣れているようで、使用済みタオルは洗濯希望ならバスタブへ放り込んでおけだの、エスパニア語で書いてあるアメニティグッズの説明だの、エスパニア語と英語で表記してある、掃除をしてほしい時や起こしてほしくないときに、ドアノブへ掛けておいたら便利なカードの使い方だの、エスパニアには基本的にチップ制度がないが、大きな荷物を運ぶタクシーや高級レストランなどでは置いた方が良いという習慣についてなど、事細かに説明をしてくれた。
「お前よく知ってるな」
貴重品を収めたリュック、ガイドブック、デジカメ、そしてカードキーを持って部屋を出る。
カードキーはパートナーとの拘束ルールがない自由行動に配慮してか、各自に配布されていた。
なんだかんだで時刻は5時半・・・ほとんどが峰の説明で費やされていた。
「お前が知らなさすぎだ・・・俺が言ったことは、すべてガイドブックに書いてあることばかりだ。なぜ読んで来ない・・・」
日ごろあまり喋らない峰にとっては結構なカロリー消費になったらしい。
この30分の間に彼はくたびれたように見えた。
なんだか気の毒だ。



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