*初日:ラナFCオフィシャルショップ* フロントでキーを預けてホテルを出た。
目の前はパームツリーの街路樹。
ホテルへ来る迄にも沢山あったが、基本的にチューファの街路樹はパームツリーとオレンジの木だった。
南九州あたりへ行けばパームツリーは沢山あるが、街路樹のオレンジは珍しいだろう。
ホテルの玄関を出て交差点までは10メートルほど歩く。
交差点には”METRO”と書かれた赤いサイン・・・地下鉄だ。
ホテルの並びを見れば、『イングリッシュなんとか』という、大きなショッピングセンターになっていた。
同じ緑の看板をバスからあちこちで見た覚えがあり、おそらくチェーン店なのだろうということがわかる。
地下鉄への階段を降りてゆく。
駅の名前はトゥリアと呼ぶらしく、地図を見たところ、旧市街の北側をぐるりと取り囲んだ細長い庭園の名前と同じだった。
ガイドブックによると、元々そこには川が流れていたが、50年程前に大洪水が起きて街の外で川を堰き止めてしまったらしい。
その川床に植樹をして、今は市民の憩いの場にしているのだそうな。
よってこの庭園は道路より下にあり、上には橋が架かっている。
ところで火祭り期間中のチューファは人口が倍になるということだったが、それは地下鉄へ乗ってみて実感することができた。
「ひとまず中心地へ出てみよう」
という峰の提案により、国鉄乗換駅になっているシャティバを目指した。
トゥリアの次にある、アンヘルギメラ駅で1号線から3号線に乗り換える。
「うわっ・・・なんだこれ」
ホームが人で溢れていた。
中には仮装をしている女の子がいる。
「ファジェラだな」
峰が言った。
「ファジェラ?」
「民族衣装を来た女性のことだよ。火祭り期間は街のあちこちで見かけるらしい。張り子人形のスポンサー家の人々で、男性がファジェロ。女性がファジェラ。彼らは地域ごとに有志団体を組んでいて、祭りの期間、民族衣装を着てパレードに参加する。その中からミスが選出されて、彼女達は1年間友好活動を勤めるらしい」
「へぇ〜・・・それにしても豪華な衣装だな」
たっぷりとした生地を幾重にも重ねた、足首まであるスカートに、シルクと思われる煌びやかなドレスには美しい花の刺繍。
大きく開いた襟元、六分丈ぐらいの袖口、長い前掛けはいずれも豊かなレースで、金糸の刺繍が入っている。
SF映画のプリンセスのような独特の結い方をした髪には、幾つもの複雑な髪飾り、さらにゴチャゴチャとした首飾りやブレスレット、イヤリングをふんだんに身に付けていている。
民族衣装というよりは、むしろお姫様といった印象だ。
「値段は大体振袖ぐらいだそうだ。ちなみにエスパニア一豪華な民族衣装らしい」
「だろうね・・・」
そんなゴージャスなドレスを着て地下鉄移動をしている様子を見るのは不思議な感じがしたが、外国人の目から見れば日本の振袖も同じように見えるのかも知れない。
ただし振袖と同じで、個人的にはまったく萌えない。
うちの制服の方が、ミニスカが多くて好きだ。
「降りるぞ」
乗換駅から2つ目。
どうにか聞き取れた車内アナウンスのシャティバへ到着し、峰がドアへ向かった。
改札を出て階段を上がると、白い建物が目に付いた。
大きな交差点、そして背の高い黒い鉄柵があり、その中と外へは沢山の屋台が出ている。
何より・・・。
「すごい人の数だな」
予想をはるかに超えた人の多さ・・・たとえるなら元旦の明治神宮と言った感じだろうか。
要するに人が多いという話だ。
ひっきりなしにパン、パンと打ち鳴らされる爆竹の音や火薬の匂い・・・心なしか空も白く煙っている。
鉄柵の奥にはアイボリーカラーの華美でレトロな建造物があり、壁のまん中に時計が嵌め込んであるところを見ると、これが国鉄駅なのだろう。
それほど大きくない通りを挟んで駅の並びには、丸い目立つ巨大な建物がある。
「これ、闘牛場じゃないか・・・?」
「だろうな。エスパニアの闘牛シーズンはこのチューファの火祭りを皮切りにスタートするらしいから」
茶色い壁には白い手摺の付いたアーチ窓が規則正しく並んでおり、屋根にはエスパニア国旗とチューファ州旗が沢山はためいている。
なんともエキゾチックだ。
「こっちに行くぞ」
俺がデジカメを仕舞うのを待って、峰が言った。
ふたたび俺の手を引いて、そのまま歩き始める・・・。
「なあ、まさかこのまま歩くつもりなのか?」
「はぐれても自力でホテルへ戻って来れる自信があるなら放すぞ」
「先導願います」
かなり恥ずかしいが、たしかにこの混雑では仕方あるまい。
まずは交差点の向こうにラッパを演奏している男と、太鼓を叩いている少年を中心とした人形の塊が見えた。
あれがファジャなのだろう。
探さなくても、街はこのファジャだらけのようだった。
ファジャは予想していたよりも可愛いものが多く、雰囲気としては子供が喜びそうな遊園地のオブジェのようだが、良く見ると何かを風刺していたり、芸術的だったり、ユーモアに溢れていたりさまざま。
大きさもいろいろある。
クジラのキャラクターを模したコミカルなファジャが見えてきたところで、峰がふと立ち止まった。
「写真でも撮りたいのか?」
こういうのが好きだとは、少々意外だ。
峰ならもっと、ひねくれて憎たらしい感じのものか、萌え系のものが好きだと思っていたんだが・・・ツインテとかの。
「ああ・・・まあそうだな」
「だったら一緒に撮ってやるぞ」
カメラを渡してもらおうと手を差し出す。
だが峰はファジャを見て、次に俺の顔を見るとまた手を引いて歩きだした。
「あとでいい」
「そうなのか?」
ライトアップが撮りたいのだろうか。
「どこか行きたい所はないか?」
そう聞かれてしばらく悩む。
「なくはないんだけど・・・・どうやって行ったらいいのか、わかんねえんだよな」
「どこだ、言ってみろ」
そう言って峰がガイドブックを鞄からとり出す。
「エスタディオ・デ・チューファ・・・ラナのホームスタジアムだよ」
「エスタディオ・デ・アラゴンにしとかないか。ここから徒歩圏内にある」
ナランハCFのホームスタジアムだ。
「おまえラニスタに喧嘩売ってんのか」
ナランハはラナのライバルだ・・・片思いだが。
「わかった。だったらそこでもう一度地下鉄に戻るぞ」
そう言って峰がメトロのサインを指さす。
「・・・って、行き方わかんのかよ」
「エスタディオ・デ・チューファは地下鉄3号線マチャド駅下車だ」
「すげぇ・・・なんで知ってんの?」
ナランハならともかく、あんなところがガイドブックに載っているとも思えない。
峰もラナサポ・・・・ということは、多分ないだろうな。
ラナどころか、こいつが自分からサッカーの話をしているところすら、聞いたことはない。
「お前の考えそうなことぐらい想像がつく」
「・・・へ?」
どういう意味だ?
絶対に手を放すなと言われて階段を降りた先は、コロン駅。
どうやら街の中心部の駅だったらしく、ホームの混雑ぶりは半端じゃなかった。
人が溢れすぎてなかなか近づくことすらできなかったホームへ時間を掛けて辿りつき、何本か見送った後に、ようやくやって来た、わりと空いている電車へ乗ろうとする。
そこで峰に止められた。
「その電車は途中までしか連れて行ってくれない」
「そうなの?」
「さっきお前にも路線図を見せた筈なんだが」
「んなもんいちいち覚えてねぇよ」
「・・・・まあいい。俺の言う通りに動いてくれ」
次にやってきた電車は、長ったらしい名前の終点駅を、先頭に電光表示していた。
どうやらこの電車で合っているらしく、峰に手を引かれて一緒に乗り込んだ。
「これはまた・・・酷い混雑だな」
さっきの電車に乗りたかった。
ずっと空いていたのに。
まあ、目的地へ辿りつけないのでは意味がないが。
「原田、ここ入っとけ」
そう言うと峰が俺をシートと乗車口の手摺の間へ押し込み、自分は手摺を持って俺と向かい合わせに立った。
もう片方の手は、相変わらず俺の手を握ったままだった。
ラッシュはなかなか収まらず、後ろから押された峰が徐々に俺と接触しそうになってきて気が気じゃない。
俺の両脚の間に峰の長い脚が割って入って来る・・・・際どい体勢だ。
「あー・・・ええと」
無意識に腰を引く。
なんとなく、いや、これははっきりと気不味い雰囲気だ。
息がかかりそうな距離に峰の顔。
俺から顔を背けているモデル並みに端正な造形は、いつもながらの無表情・・・だが、ほんの少し耳が赤い。
目線はどうやらドアの上にある路線図か、あるいはその上の電光表示。
見ているわけでは、たぶんないだろう。
いくら無神経な峰でも、やはりこの体勢は気不味いということか。
・・・と思うなら、身体の向きぐらい考えて乗れと言いたいのだが。
「次で降りるぞ」
「へっ・・・あ、ああ」
ちょうど立っていた側のドアが開き、俺たちはホームへ押し出されるようにして降りた。
05
『城陽学院シリーズPart1』へ戻る