結構、利用客が多い駅のようだった。
5メートルほど先にあるエスカレーターから改札階へ上がる。
「すげぇ、ラナのエンブレムだ!」
ラナのチームカラーである青と赤を使って、矢印マークと”Estadio”・・・つまりスタジアムはこっちだと示して、一緒にエンブレムも描かれていた。
テンションが上がってくる。
だが、出口の階段を上がってみると普通の街並みだった。
ここは中心地からは少し離れるせいか、ホテルの周りや国鉄駅前のような大きな建物も、賑わいもない。
それでもところどころに電飾が張りめぐらしてあるため、一応ここでも祭りが行われているらしいとわかるのだが、元旦の西峰寺や西陽稲荷神社の方がよほど祝賀ムードに満ちている。
相当に拍子抜けだ。
峰が通りの名前を確かめて、また、こっちだと俺の手を引いて歩きだす。
「本当に・・・」
合ってんのかと言いかけて、すぐに言葉を引っ込めた。
数十メートル歩いた先にある交差点。
サーキット並みのスピードで車が行き交うそこを渡ると、すぐにそれらしき建造物が見えてきたのだ。
「あれって、まさか・・・」
「バックスタンドだな。ホームページ上には駅から5分程度だと書いてあったが、このぶんだと3分ってとこだろう」
思わず峰を見る。
まさかネットで調べてきたのか・・・俺のために?
バックスタンド裏にあるだだっ広い砂地を歩いてスタジアムに近づく。
まず目に入ったのはオフィシャルショップ。
「開いてるな。寄って行くか?」
当然だ。
自動ドアから店に入る。
中には買い物客が一組だけ。
店内はこじんまりとしていて、BGMもかかっていない。
レジカウンターに店員は二人いる。
制服はないらしい。
買い物客が俺達を見て、突然、イワミ、イワミとはしゃぎだした。
見知らぬ彼らへ適当に愛想笑いで応える・・・もちろん峰にその手の社交スキルはないので、笑顔を交わしたのは俺だけだ。
同じラナサポーターとしての連帯感と、この街で石見が親しまれていることが実感できて、なんだか嬉しい瞬間だった。
ただ、ラナの日本人選手は石見だけではなく、厳島も春日も東照宮もいるし、厳島の方が石見よりも先輩なので、そのあたりはちょっと気になったが・・・。
「おっ、ユニフォームだ!」
壁際のポールにハンガーで吊るされた、数種類のユニフォームを見つける。
ホーム用、アウェイ用以外にも、練習用のTシャツや、胸にエンブレムが入ったシンプルなポロシャツなど、非常に種類豊富だった。
その中から背番号の23と”IWAMI”の文字が背中にプリントされた、今シーズンのホーム用ユニフォームを見つけ出して手に取る。
かなりサイズが大きい。
すると男性の店員が寄って来て、何かを話しかけてきた・・・が、エスパニア語がわからない。
「お前のかって聞いてるぞ」
峰が教えてくれた。
「イ、イエス・・・じゃねぇ、えーと・・・」
すぐに店員が適当に身繕って、2、3着出してくれた。
「落ち着け原田。彼はさっきから英語で応対してくれている」
「そうなのか? つか、俺、英語わかんねーもん」
「フォーユーぐらい聞き取れ。中学生レベル以下だ。どうやって高校まで進学したのか不思議だぞ」
淡々とボロクソに言われた・・・。
その後結局、店員、英語、俺、日本語で会話を進めた結果、良さそうなユニフォームを選んでもらった。
続いて今シーズンの応援マフラーを棚から物色し、その隣の棚からオフィシャルマガジンも発見して、最新号とバックナンバーをあるだけレジへ運んだ。
ついでに数ショットある石見のポストカードを、全種類出してもらう。
合計120エウロスぐらい。
初日から随分と買い込んでしまった・・・。
すると沢山買い物をしたせいか、店員のお兄さんが、俺が買っていないマフラーを一緒に入れてくれる。
どうやらサービスしてくれるらしい。
しかもそのマフラーが、石見が入団したシーズンであり、ラナが1部昇格を果たしたシーズンのものだと俺はすぐに気が付いた。
「オ〜、グラッツェ、グラッツェ、グラッツェ!」
思わずお兄さんの手を握りしめ、お礼の言葉を3連発ぐらい口にする。
お兄さんも何かを言って、最後に大声で「ハハハハ!」と笑っていた。
笑い声だけ俺は聞き取れた。
カードで精算を済ませ、上機嫌で店を出る。
「グッバーイ!」
英語で挨拶をしながら大きく手を振ると。
「アリガト!」
お兄さんが日本語でお礼を言ってくれた。
「いい店員さんだったなぁあの人、ほら、こんなのオマケしてくれたんだぜ」
お兄さんがプレゼントしてくれた、応援マフラーをとりだし、特別に峰にも見せてやる。
「そうだな・・・原田、グラッツェはイタリア語だ。エスパニア語はグラシアスだから、次回から間違えるなよ」
「・・・ん? 俺、間違えてたか?」
「ざっと3連発ぐらいで間違えていた。原田、こっちだ」
再び峰が手を引いて、駅へ向かおうとしていた。
だが俺はその手を引き返す。
「なあ峰・・・タクシー乗らないか? そろそろ暗いし」
来る時のあの状態を繰り返すのは、少々気が引けた。
「お前、ガイドさんの話聞いてなかったのか? 中心部は交通規制中で今は地下鉄しかまともに利用できないぞ」
「あ・・・そうだっけ」
峰が溜息を吐く。
「あー・・・来る時は悪かった。もう少し離れるようにするから、ラッシュは我慢してくれないか」
どうやら俺が何を意識していたか、峰も気が付いていたようだった。
「悪い・・・変な気遣わせて」
「いや構わん。俺が無神経だった」
帰りの電車もそこそこラッシュだったが、来るときほど酷くはなかった。
俺と峰は同じように入り口のポールに掴まって、来た路線を逆へ進む。
「まだ少し時間あるな・・・原田、ちょっと旧市街を歩かないか?」
峰が提案してきた。
そういえば、もうライトアップが始まっているかもしれない。
「ああ、そうだな。じゃあコロンで降りるか」
「ほう、原田にしてはよく駅名を一発で覚えていたな。まあ覚えやすい名前だが」
「凄い人ゴミで、コロンでしまいそうだったからな〜」
「降りるぞ」
「あー・・・・・」
自分でもべつに面白いと思って言ったわけじゃないが、せめてつまらんとか、くだらんとか、ネガティブな反応で構わんから、スルー以外の選択肢がないのか、この能面イケメン野郎は。
電車の中では俺に気を遣ったのか、マチャドへ向かうときに比べたらずっとラッシュがマシだった車内で、峰は俺の手を放していた。
だが、ホームへ下りたとたん、やはりすし詰め状態のまま改札へ向かうため、再び手を繋いで出口を目指す。
「うおっ〜、すげぇっ!」
まず目に付いたのは、見事なイルミネーションで壁面全体を飾られた大きな建物。
入り口のショーウィンドーと、ホテルの隣にもあった『イングリッシュなんとか』という緑の看板で、そこがショッピングセンターだと気付く。
通りを振り返ればカラフルな電飾が、延々と国鉄方面へ続いていた。
横道もそれぞれイルミネーションが飾られているようだ。
「一番イルミネーションが華やかなのは、アラブ人地区らしい・・・例年、賞をとっているそうだ」
「賞なんてあるんだ?」
「そうみたいだな。国鉄駅より少し南側になるが・・・歩いてみるか?」
「まだ2時間ぐらいあるし、行ってみようぜ!」
「その前にちょっと寄りたいところがある・・・いいか?」
「べつに構わんぞ、俺の用はもう済んだし」
これで試合が見られたら言うことはないんだが・・・なんとかあの石見のファンクラブツアーに、途中で紛れ込むことは出来ないものだろうか。
「あそこに入ろう」
そう言って峰が立ち止った。
「ファジャの写真じゃないのか・・・っていうか、入るって今言ったか?」
1時間ほど前に峰が立ち止っていた場所だった。
目の前には大きなクジラのキャラクターのファジャ。
周りにタコやイカ、カニにワカメが踊っているが、良く見ると全員が手に調理器具を持っていて、人間が乗っている漢字っぽい文字が書かれた漁船を料理しようとしていた・・・・過激な自然保護団体系の思想。
それも俺達の国に対する明らかな敵意の表明か・・・これは確かに撮影する意欲が綺麗に消える。
峰は俺の手を引いて反日ファジャの前を素通りすると、向こう側の歩道へ渡った。
「ファジェラ・・・?」
目の前は大きなショーウィンドー。
そこには電車の中で見た女の子が着ていたようなドレスが飾られており、後ろに沢山の写真がディスプレイされていた。
看板を見る。
全部読めはしないが”Foto”という単語の意味だけは、俺でもなんとなくわかった。
フォト・・・写真だろう。
「よし、まだ営業中みたいだな」
”Abierto”と書かれた札を見て、峰が頷いた。
「まさかと思うがここって・・・」
「たぶんだが、観光客向けの写真館ってところだろう」
「おい峰・・・これってひょっとして、扮装して記念撮影とかってやつじゃないのか?」
「いかにもその通りだと俺も思うぞ・・・原田はこういうの嫌いか?」
「むしろ、お前がこういうの好きだっていう方が意外なんだが・・・」
しかしよくよく考えてみると、このとりすました超イケメン野郎が、お姫様の格好をしている姿を拝めるというのは、かなりオイシイんじゃないだろうか。
「嫌なら止めておくが・・・」
そう言いつつも峰は、相当未練がましくドレスを見つめていた。
凄く、凄く、凄く意外だ!!!
「いいぜ、入ってやるよ」
これは一生モンの記念になるだろう。
峰のお姫様スタイル・・・絶対に写メを撮ってやる。
でもって、後日それをネタに峰を強請ってやる・・・犯罪にならない程度に。
06
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