*初日:ファジェラ* 受付を済ませ料金表を見せられる。
俺には何がなんだかさっぱりわからなかったため、峰が全て英語で申し込みを完了してくれた。
料金も峰がカードで支払った。
あとで払うと言ったが、自分が引っ張って来たからと断られる。
いや、それでは悪いと食い下がるが、気にするなと頑なに断られる。
ここで少しは異常に気付くべきだったのだが・・・・・スタジオのある二階へ上がった。
天井からは5つぐらいのスポットライト。
バックスクリーンを長く下ろされ、その前に三脚を立てられたカメラとカメラマンらしき男。
俺でも知っているエスパニア語で男に挨拶をされ、俺も「お〜ら〜」と手を振り返すと、ウィンクと投げキッスが返って来た。
冗談だろうとは思うが、50がらみの指先に葉巻を摘まんだオッサンから投げキッスを送られると微妙に居心地が悪いものだ。
そのまますぐにメイク室へ別々に連れて行かれ、英語すらもわからない俺は一気に心細くなった。
だが、事前に峰と話がついていたのか、勝手に赤っぽいドレスを一着だけ持って来られ、3人のお姉さんにエスパニア語でギャアギャアと喚かれながら椅子に座らされる。
ケープを肩に掛けられ、大きなクリップで何カ所か髪を押さえられてメイクが始まるとお姉さんたちは一気に真剣モード。
短い単語であっち向け、こっち向け、瞬きするなと注意される。
言葉はわからなかったが雰囲気で察し、俺はそれに従う。
まな板の上の鯉・・・というか、ちょっとでも抵抗などしようものなら、めちゃくちゃ怒られそうな雰囲気だ。
だがメイクが出来あがる頃から、彼女達がはしゃぎだした。
「すごく・・・楽しそうですね」
当分この店で俺の写真がネタにされるんだろうなあと溜息を吐きつつ、3人のお姉さんたちに服を脱がされ、あっというまに半裸に剥かれる。
「あの・・・えーと」
思わず前を押さえた。
うら若き乙女たちの前でパンツ一丁の羞恥プレーはかなり堪えるのだが、着替えるのかと思いきや、なぜかこの状態でもう一度座らされて、今度は髪を弄られた。
何かの順序が間違っている気がする。
「俺のセミヌードは意味があるのでしょうか・・・」
独り言に交った英単語へ、お姉さん達が敏感に気付いて爆笑した。
単なるセクハラだったようだ。
髪を梳かされ、後ろでギュッと纏められて、俺の髪と同じような色合いのウィッグを付けられる。
元々髪は、シャツの襟が隠れる程度の長さがあるから、それを利用しようということなのだろう。
その後あちこち触られそうになりながら、なんとかドレスを着せてもらう。
・・・いつもこんなことをやっているのだろうか、この店は。
ドレスは臙脂色に染められたシルクの生地に、見事な椿の刺繍。
深い襟の胸元と袖口、前掛けが黒のレースで、全体に繊細な金糸の花模様・・・これも椿のようだ。
ドレスのサイズはピッタリだった。
「こっちの女ってやっぱデカイんだな・・・」
そう言えば背後から俺のパンツに手をかけて、ずり下げようとした女の身長は、俺とほとんど同じだ。
首飾りにブレスレットはどちらも三連の黒真珠、大きなルビーにサファイヤ、エメラルドの3種類の指輪を、それぞれ両手の指に付けられた後、いよいよコスプレは最終段階。
複雑に結いあげられた髪に金ぴかの飾りを付けられ、最後に、やはり黒真珠のイヤリングを付けられて出来あがり。
「ビューティフル!」
俺に半ケツの辱めを味合わせたお姉さんが誉めてくれた。
「サンキューっす・・・」
実に複雑な心境だ。
峰を笑うつもりだったが、よく考えたら、俺も一緒に笑い物にならないといけないわけだ。
相変わらずハイテンションなお姉さん達に無許可の写メを撮られながら、スタジオに戻る。
そこでは、あちこちからボニータという声をかけられた・・・正確な意味は調べる気にもならなかったが、およそ意味はわかった。
複数のスポットライトにスクリーンだけが眩しく浮き上がった薄暗いスタジオには、強烈な匂いが立ちこめている・・・カメラメンが吸っている葉巻の本数が進んだのだろう。
カメラマンに照明係か何かの、ネームタグを付けた撮影スタッフ数名が既にスタンバイ。
先に撮影を終えたのだろうか、マタドール姿の客らしき男が一人背を向けて立っている。
「ええと、峰はまだか・・・?」
当たりを見回すが、ドレス姿は俺しかいない。
着替えに時間がかかっているのだろうか。
スタジオの入り口でキョロキョロしていると、カメラマンがマタドールに、ドラ声で何かを話しかけて、次にマタドールがこっちを振り向いた。
国民的アニメの眼鏡っ子みたいな、最後の単語だけが聞き取れた・・・ノビアと言っただろうか。
どういう意味だろう。
「遅かったな、原田」
マタドールが近づいてくる・・・・違う。
「お前・・・その格好・・・」
純白に豪華な金糸の刺繍が入ったボレロ風のジャケットとベスト。
その下は白いシャツにドレープがたっぷりと入ったスカーフのようなタイ。
パンツも白地にサイドへジャケットと同じような金糸の刺繍があり、ひざ下から見えているソックスは、ちょうど俺のドレスと同じような臙脂色。
靴は黒のエナメル。
なるほど・・・こちらと衣装を揃えてきたということなのだろう。
悔しいが、とてもよく似合っている。
マタドール姿の峰が、俺を上から下まで3往復ほど見た。
そして。
「行くぞ」
峰に左肘を差し出された。
俺は淑女らしくマタドールの腕をとる・・・わけがない。
「何の真似だ」
当然、無視だ。
すると外と同じように手を握られて、峰が俺を引っ張りながら歩きだす。
「さっさとしろ、カメラマンが待っている」
「どういうことだ峰、何か言うことはないのか!」
峰が一旦立ち止ってこちらを振り向いた。
「綺麗だ」
「えっ・・・」
しっとりと見つめ合う二人・・・ちげぇっ!!!
「そうじゃねぇだろっ・・・だからてめぇ、何で裏切・・・おい!」
「延長料金を徴収される前に済ませたい」
峰が俺をずるずる引き摺って、スポットライトの下へ立たせた。
一斉に湧き上がる歓声。
ファジェラ、ファジェラと手拍子で連呼される。
ああ、もう畜生、なんで俺だけがこんな目に・・・。
さっそく撮影開始。
カメラマンが指示を出し、わかっているのかわかっていないのか知らないが、峰がふわりと俺を抱きあげようとする。
ブライダルお姫様抱っ・・・冗談じゃない!
「アホか! 下ろせ!」
俺に暴れられ、それほど体格が変わらない峰がすぐに諦める。
「ふざけんな峰、どういうことか説明しろよ! なんでお前だけそんな澄ました格好してんだよ!」
「澄ましているわけではない。男性客は大抵マタドールだと言うからそうしたまでだ。似合っていると誉めてもらったぞ」
ああ、似合っているさ、今すぐこの場でボコッてしまいたいぐらいにな!
柄に金糸の房が付いた煌びやかな細いサーベルと、真っ赤なムレータが、峰に手渡される。
俺には金色のリボンで纏められた、真っ赤なカーネーションの花束が投げ渡された・・・。
「だったらどうして俺はこんなモン着せられてんだ、選択の余地すらなかったぞ!」
「お前はどう考えても、そっちだろう。さっきも言ったが、凄く綺麗だぞ? 顔は怖いが・・・」
「てめぇっ・・・」
俺はドレスの裾を持ち上げると、渾身の力を込めて峰にキックを繰り出した。
峰がムレータを翻しながら、そのキックを華麗に交わす。
その瞬間、スタッフ達から「オ〜レ!」と歓声が沸き起こり、カメラのフラッシュが眩しく光った。
07
『城陽学院シリーズPart1』へ戻る