*二日目:市内観光* 翌日は午前中から、全員で市内観光だった。
ホテルからバスで出発し、旧市街の中心部まで移動・・・・一般車両は交通規制を受けているが、どうやら俺達のバスは予め許可をとってあるようだ。
まずはヨーロッパ最大といわれる中央市場を見学。
店舗数300、敷地面積8000平方メートル。
ちなみに浅草花やしきが5800平方メートルで、東京ドームのグラウンド面積が13000平方メートルとのこと・・・遊園地とグラウンドの間の広さの市場である。
モデルニスモ様式で屋根の風見鶏ならぬ、風見魚が特徴の壮大な建築。
とても中で鮮魚や野菜を売っているようには見えない。
屋内も見事で、どの店舗も美しく商品を魅せることを意識しながらディスプレーしており、売られている品も食べ物ばかりではなくパエージャを作る鍋や台所用品、土産物屋に、バルと呼ばれる、軽食屋とバーが一緒になったようなエスパニアの飲食店もある。
書かれている商札は読めなかったものの、食料品も日本とは少々違い、子豚の頭や大量の生きたカタツムリを見ては、江藤が泣きそうになっていた。
「カタツムリってフランスじゃないのか?」
何気なく疑問を口にすると。
「エスパニアでもポピュラーな食材だよ。食感はサザエに似た感じで、フランスだとパセリとにんにくを加えたエスカルゴバターを詰めてオーブンで焼くけど、この国ではトマトソースとニンニクなんかで煮込んで食べることが多いかな。あと、チューファ風のパエージャにも入っているよ」
いつのまにか隣で見学していた一条が教えてくれた。
俺は相槌を打ちながら、なんとなく気になって峰の顔色を窺ったが、特に反応はない。
もう一度一条の方を見ると、すぐ後ろにちゃんと橋本も来ている。
ルールさえ守られていれば、特に会話を邪魔する理由はない・・・といったところなのだろうか。
といっても峰に、江藤のような規律に五月蠅い印象は、今までになかった筈なのだが。
それとも、昨日の空港で、俺と一条の仲を引き裂くような真似をされたように感じたことが、俺の勘違いなのだろうか・・・そもそもそんな風に考えること自体、可笑しいのだが。
べつに俺と一条は、ちゃんと付き合っているわけでもないし、仮にそうだとしても峰にやきもちを焼かれる理由はない。
「何してる、早く行くぞ」
「あ・・・ああ、すまん」
つまらないことをグルグルと考えていると、すでに皆が出口へ向かっていて、一条と橋本もそっちへ向かっていた。
また昨日のように峰に手を引かれ、俺達も出口へ向かう。
市場を出て細い石畳の路地を歩き進んだその先は、レイナ広場と呼ばれる、クラッシックな建築と、緑の広場が美しい、この街の観光拠点。
「委員長、買い食いは自由行動中にしろよ」
屋台の前で目をキラキラとさせてしばし立っていた江藤に声をかける。
「な、何も言ってないでしょっ・・・ちょっと足が疲れて、止まっていただけよ、バカッ!」
江藤が真っ赤になってぷいっと顔を背けると、2メートルほど前を歩いている、パートナーの川口渚(かわぐち なぎさ)の元へ走って行った。
「ドーナツかいな・・・」
エスパニア名物菓子としてもっとも有名なチュロスの屋台に挟まれて、まるっこいドーナツを売っている屋台がそこに立っており、辺りに甘い香りが漂っていた。
「おっと・・・」
不意に後ろから蹄の音が聞こえて歩道へ寄ると、石畳の道を2頭立ての馬車がゆっくりと通りぬけてゆく。
どうやらこの辺では観光用の馬車に乗ることもできるようだ。
こういったレトロな景観だと、そういうのも絵になる。
石畳の道を挟んで、広場の真ん中には、芝や街路樹の緑と観光客で綺麗に埋まった休憩用のベンチ。
強い日差しを浴びて、たわわに実ったオレンジが、ここでもまた瑞々しく鮮やかだ。
目の前には、この広場でもっとも目を引く歴史的建造物。
八角形の塔が特徴的なこのチューファの大聖堂が、次なる見学先。
ここは13世紀に建築が開始されて以降、増改築を重ね、ロマネスク、ゴシック、バロックの3スタイルが取り入れられているのだという。
入場してすぐ目の前が大きな礼拝堂で、右手の奥に暗く小さい、非常に静かな小部屋がある。
そこも礼拝堂なのだが、正面右のガラスケースに飾られている杯が、なんとキリストの最後の晩餐に使われた『聖杯』なのだそうだ。
「もっとも聖杯はこの地球上に、ほかにも3つばかり存在して、ひとつはジェノバ大聖堂、もうひとつはメトロポリタン美術館にあって、最後のひとつはエルサレム近辺の教会にあったらしい」
ペペが教えてくれた。
エルサレムの聖杯だけが、「あった」と過去形になっているのは、現在は残念ながら行方不明だからだそうだ。
「で、一体どれが本物なんです?」
峰が聞くと。
「それをチュフィーノの僕に聞くのかい?」
ペペが言った。
チュフィーノとは、どうやらチューファ人という意味らしい。
俺達が見ている目の前の、有難い杯が正真正銘の聖杯に決まっている・・・ということなのだろう。
ちなみにこの『聖杯』は直径9センチの半球状で、高さ17センチ。
暗い紅色のメノウで出来ており、紀元前4世紀から1世紀に、エジプトかパレスチナで作られているらしいから、時代としては辻褄が合っており、そういう触れ込みがなくとも一応の鑑賞価値はありそうだ。
大聖堂を出た俺達は徒歩で次なる見学地のラロンハを回り、再びバスに少し乗ってセラーノスの塔へ向かう。
ラロンハは「絹の交易所」という意味で、8本の螺旋状にデザインされた柱が印象的な15世紀末の建造物。
セラーノスの塔は14世紀後半に建てられた要塞の門で、火祭りの開幕宣言もここで行われるのだとか。
非常にインパクトのあるこの門の前で記念撮影を済ませて、再びバスに戻る。
旧市街から少し離れて、向かった先は火祭り博物館。
まず目に着いたのは、ロータリーの向こう側にある、近未来的な巨大建築だった。
旧市街の歴史的な建築様式ばかり見ていた目には、それが新鮮に映る。
「科学博物館だよ。あそこから芸術科学都市になっている」
芸術科学都市というのは、なんでもチューファが今一番力を入れている観光地帯なのだそうな。
確か明日の行程表にもその名前があったから、俺達はもう一度ここへ戻ってくるということなのだろう。
というわけで、今日は大人しく火祭り博物館へ。
ここは現在、街じゅうに設置されている、ファジャという張り子人形の博物館。
ファジャはどれも複数の人形から構成されていてサイズも大きいが、ここに収蔵されているのはその一部。
制作者が予めこれぞと思う人形を選び、人気投票で優勝した珠玉の作品ばかりだ。
そして優勝を逃したファジャは火祭りの最終日、街じゅうで一斉に火をつけられる・・・だから火祭り。
歴史は古いようで、初期のものは既に衣装がボロボロになっている。
しかし小道具の手が込んでいたり、作られた当時の世相を風刺したものが多かったりと、なかなか面白い。
着物の下にジーンズとスニーカーを履かせて、中国宮廷風の髪型に振袖を着用している、明らかに日本を誤解した作品があるのも見逃せない。
「遅れるぞ」
俺が心の中で色々とツッコミを入れながら楽しく鑑賞していると、峰が俺の手を引いて、嘘日本ファジャの前を、とっとと通過してしまった。
遠目に見ている段階から、ずっと楽しみにしていたのに、なんてことしやがる。
「なあ、お前が何かに感動したり楽しかったりすることってあるのか?」
気になって俺が聞くと、峰が振り向く。
「昨日からワクワクと衝撃の連続だが」
無表情のままにテンション低く峰が言った。
「嘘を吐いていないとしたら、俺にはその発言の方が衝撃だ」
ショックのあまり、いつのまにか全員行動中までずっと俺の手を握っている峰に、放せと言い忘れてしまった。
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