*三日目:市内観光*

この日は朝から一条がいなかった。
というより、昨日帰ったのかどうか、それもわからない。
午前中はホテルからバスに乗って、ペペの予告通りに芸術科学都市へ。
昨日も近くまで来ていた、SF的な建物が立ち並ぶ町はずれのこの地帯は、チューファ市が今一番力を入れている、新しい観光名所のひとつ。
オペラハウスに、プラネタリウム、科学博物館と、植物園、水族館に、つい最近オープンしたばかりのイベントホールがある。
ここは俺達が宿泊している、トゥリアエキスポホテル前からずっと続いている、トゥリア庭園の中に建築されていて、どれも非常に奇抜なデザインになっている。
「さぞかし金がかかってるんだろうな」
プラネタリウムは1300平方メートル、科学博物館は4000平方メートルで、おそらく一番の見どころだろう水族館が、なんと10万平方メートルの敷地に、野外型の飼育展示室を備え、集められた海洋生物の数は500種以上ということだった。
ちなみにヨーロッパ最大級らしい。
「どの街でもてっとり早く経済を活性化させるには、土建屋に仕事を回すのが一番だからな」
「お前、政治家になったら速効でマスコミに叩かれそうなヤツだな」
「間違ってるか?」
「いや、そうじゃないが・・・」
軽快な音楽に合わせて、目の前で紅白リングを次々と潜り抜ける純真なイルカ達を見ながら、冷めた調子でこう述べる峰という男が、心のスレまくっている高校生だということだけは間違いない気がしてきた。
イルカたちのキラキラとした瞳をしっかり見つめて、薄汚れた心を洗い流せ。


*三日目:交流会*

芸術科学都市を出た俺達は再びバスに乗り、今度はここからさらに町外れに位置するピネド地区を目指した。
目的地はC.C.M.チューファ校。
この学校はうちの提携校で、正式名はコレヒオ・コラソン・デ・マリア・デ・チューファ・・・ペペによると、チューファのマリアの心臓学校という意味になるのだそうだ。
キリスト教のことはさっぱりわからないが、こちらの宗教系の学校にはよくある名前らしい。
高速に乗り大きな川を渡ると、そこがピネド。
C.C.M.は歴史を感じさせる、私立高校だった。
どこからがそうなのか境界線がわからない、ひたすら大きい宮殿のような建物の前でバスを停め、アーチ型の門を潜り抜ける。
中庭と思われるその場所には、一面の鮮やかな芝。
壮麗な様式の建築に四方を囲まれ、足元には列柱が規則正しく立ち並ぶ。
天井がアーチ型になったその回廊を、教室移動中らしい、制服姿の一団がもの静かに通り抜けて行った。
男子はジャケットのボタンをきっちりと留め、女子は全員膝までのスカート丈・・・たぶん誰も着崩してない。
制服デザイナーの冴子伯母さんが見たら、歓喜しそうだ。
皆真面目そうで、眼鏡を掛けている子が多い。
明らかに、俺達と学力のレベルが違うだろう。
「なんだか映画の世界みたい・・・」
すっかり雰囲気に呑みこまれたらしい江藤が、うっとりと言った。
よく見ると女子を中心にトリップ中の生徒が複数発生していた。
景色と制服に、麻薬作用があるとは知らなかった。
マリアなんとか、というとなんとなく女子高というイメージがあるが、ここは残念ながら共学校。
「まあ、そりゃそうだよなぁ・・・男子もいるのに、敢えて女子高と交流会なんて開いてくれるわけないよな」
講堂へ集合し、眼鏡をかけたC.C.M.の女子生徒がたどたどしい日本語で挨拶をしてくれたあと、こちらからは峰が壇上に上がって返礼を述べた。
一条がいれば、間違いなくアイツがエスパニア語でこの任務を務めたのだろうが、井伊先生から名指しをされた峰が、何ら動揺を見せずにスピード感のある英語で1分程度のスピーチを済ませると、C.C.M.の女子生徒たちが俄かに活気づく。
・・・どうやらイケメンというのは、どの国に行ってもイケメンらしい。
わかっちゃいたが、世の中こんなもんだ。
ただし、峰もどの国にいても、所詮峰だった。
その後、俺達は食堂へ移動し、C.C.M.の学生達が開いてくれた、パエージャパーティーに参加した。
俺達の元へは入れ替わり立ち替わりC.C.M.の女子生徒がやって来る。
わかりやすいことに、どの女の子もまっすぐに峰を見ていた。
俺にはチンプンカンプンで何を言っているのか、何語を話しているのかということすら聞き取れなかったが、傍にいた江藤によると。
「みんなちゃんと英語で話してたわよ。でも何を言っても峰君が駄目・・・うるせー、興味ねぇ、邪魔すんな、お前誰だよ・・・・喧嘩売ってるのかと思ってヒヤヒヤしたわよ」
どうりで次から次へとC.C.M.の女子生徒達が、怒った顔で立ち去ってゆく筈である。
そしてパーティー開始から30分。
「なんか皆・・・俺たちを遠巻きにしている気がするんだが」
「そうか?」
結局男は顔だけじゃモテないということだろう。

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