*三日目:ホテルへ帰還* 俺と峰にとってのみ、まったく趣旨を果たさなかったC.C.M.との交流会を終え、再び旧市街へ。
「お前の人見知りぶりは実社会において支障を来すレベルだと思うのだが、少しは改善しようと思わないのか」
これで将来、社会生活をちゃんと送っていけるのか、人ごとながら心配になる。
「言われている意味がまったく理解できない。俺に社交性がないと言いたいのならそれは勘違いだぞ。お前とこうして会話をしているのは誰だ」
まあ、確かに以前に比べたら格段によく喋るようにはなった。
俺や一条と比べたらまだまだ寡黙だし、江藤を基準にすれば沈黙と言っていいレベルだが。
C.C.M.での態度がべつに人見知りじゃないのだとしたら、問題はやっぱりあれか。
「まりあちゃん、最近どうしてんの?」
「唐突な話題転換だな。昨日は体育の授業でカポエイラをやったと言っていた」
カポエイラってあれか、ブラジルの格闘技だか踊りだかよくわからない・・・って、二葉はそんなもん授業でやるのか!
「俺はべつに昨日のまりあちゃんを知りたかったわけじゃないんだが・・・何だ、メールでも来てたのか?」
「まあな」
つまりお兄ちゃんっ娘ぶりは相変わらずってところか。
下手にこっちでガールフレンドなんて作ろうもんなら、命の保障がない点についても変わらないということなのだろう。
まりあちゃんのブラコンは、凶暴性を伴う点が非常にデリケートだ。
しかもその方向性が、1000%兄へ向かう。
そういう峰も、相当なシスコンだが・・・本人に自覚があるかはともかくとして。
「そういやさ、お前ってなんで退学したんだっけ?」
峰は二葉からの編入生だ。
転入ではない。
「前に話しただろ」
「まあ、まりあちゃんのことがあってってのは聞いたけどさ。やっぱ、よくわかんねえんだよな・・・それって結局転校でも良かった気がするんだが」
二葉でまりあちゃんが引き起こした事件の罪を被る形で、峰は二葉を去った。
それには、まりあちゃんから距離を置く理由もあったと本人は言うが、だったら何も学校を辞める必要はなかった筈だ。
異常にレベルが高い城陽の編入試験を峰はクリアしてきたが、入学試験とレベルが変わらない転入試験なら、鼻くそをほじりながら居眠りしてでも合格出来た筈だ。
「仏門に入ろうとした」
「は・・・?」
ブツモンって、仏教の門か?
「なんだ、それじゃあ理由にならないのか」
「いや、別にそういうわけじゃないが・・・」
確かに峰の伯父さんは西峰寺の住職だったりするが・・・。
「俺ちょっとトイレ行って来るから、待ってろ」
「はあ」
アーチ型の壮麗なC.C.M.の校門を抜けたところで峰はそう言い残し、結局話はそのまま有耶無耶になった。
バスへ乗り込む前に長蛇の列になっているであろうバス停のトイレへ峰が行っている間のこと。
「おいおい、無修正かよ・・・すげー」
売店の前で盛り上がっている男子数名発見。
それを遠目に見ながら、行こうかどうしようか、せめて誌名だけでもチェックできないものかと迷っているクラスメイトが一人。
「江藤だったらたぶんトイレだぞ、買うなら今のうちだ」
こっそりと橋本に教えてやる。
「ぼ・・・僕は、別にっ・・・そんな」
眼鏡をあげあげ、橋本が逃走した。
むっつりスケベめ。
おっと、あれは!
俺も売店へ行こうとして手首を掴まれる。
もう峰が戻って来たのかと思って振り向くと。
「ペペさん・・・?」
「制服でエッチ本を買いに行っても、売ってくれないよ」
ニヤニヤしながら言われた。
「違いますよ・・・スーパースポーツです。ほら、あれそうでしょ?」
チューファの地方スポーツ紙だ。
取り扱いは殆どサッカー情報ばかりである。
「それなら買っていいよ。一緒に行ってあげるね」
「だからエロ雑誌なんて買いませんてば・・・」
ここまで疑われるなんて心外な。
誰が金髪爆乳姉ちゃんのエロ本なんて買うか、俺は和モノDVDとギャルゲー専門でどっちかってえと貧ぬー萌えだっての。
「違うって。だって言葉がわからないでしょ? 君の友達もまだ帰ってきてないし」
「ああ、そうか・・・」
言いながら売店までやって来てペペがさっさとスーパースポーツ紙を買ってくれた。
そのとき。
「あれっ、一条じゃねぇか?」
大急ぎでエロ雑誌画像を脳内HDDに保存作業中だったD組の連中が不意にそう言って、俺は思わず辺りを見渡す。
だが、どこにも見当たらない。
「ああそうか・・・彼、どこかで見たと思ったら、2年E組の子だったね。途中でいなくなっちゃったからどうしたのかと思ってたよ」
店のオヤジからスーパースポーツ紙を受け取りながらペペが言った。
目線の先はちょうど、D組のエロ餓鬼どもと俺の間ぐらいの位置になる、売店の新聞棚。
そこにはタブロイドっぽい新聞があって、デカデカと一条の顔写真が載っていた。
見出しになっている、俺でも読めるアルファベットが目に入り、心臓がドキンと音を立てる。
案の定リタ関連だ。
写真の一条は、昨日彼が着ていた細身の紺のジャケットと白いTシャツにジーパン姿。
石見のイベントに参加していたときのものだ。
そしてもう一つ、なんとなく覚えのある音感の綴りが目に入った。
「ペペさん・・・ノビオってどういう意味?」
どこかで聞いた単語・・・たしか昨日、峰と行った写真館でカメラマンが、ファジェラに扮した俺を差して峰に何度も言っていた言葉・・・ノビアとよく似ている。
「ノビオが彼氏でノビアが彼女。・・・随分噂になっちゃってるみたいだね」
「彼氏・・・やっぱりこっちでも噂になってるんだ」
というか、つまり俺は峰の彼女扱いされていたわけか・・・まあ冗談だろうが。
「まあねぇ。・・・リタが言っちゃったからねぇ」
「言ったって、何を・・・?」
そういえば昨日、火祭り特集番組に出演していたリタの同じ映像が、さんざんテレビで流されていた。
その後、かならず石見のイベントに参加したリタと一条の映像が流れていて・・・俺はてっきり、石見のニュースだと思って見ていたが・・・。
「昼間に放送された火祭り特集番組の生放送で、この後どうされるんですかと、予定を聞かれたリタが、彼氏と過ごすって言っちゃったんだよ。で、そのあと石見のイベントで、一緒にいる彼女と君のクラスメイトの姿が目撃されたもんだから、この騒ぎってわけ。まあ元々噂にはなっていたからねぇ、やっぱり二人は恋人同士だったってことで、昨夜からエスパニア中がこの話題で持ち切りになってるんだよ・・・本当に人騒がせだよなぁ。収録なら完全に編集されたシーンだけど、生放送じゃそうもいかないし・・・あれ、原田君大丈夫? なんか顔色悪いけど・・・」
完全に頭の中が真っ白になっていた。
肩を揺さぶられ、峰がやって来てペペと何か話をしていて、また手を引かれてバスに乗って・・・多分、旧市街へ着くまで俺は一言も喋らなかったと思う。
「ハイ、これ新聞・・・料金はべつにいいってさ」
結局観光なんてする気分になれず、気がついたら俺は峰に連れられてホテルへ戻っていた。
幸いルームメイクは終了していて、ぼんやりとベッドに座り込んでいた俺の目の前に、スーパースポーツ紙が投げられる。
「あ・・・」
峰も自分のベッドへ腰を下ろし、そのままゴロンと寝転がった。
「べつに観光行ってくれて構わないぞ」
「お前らしくない」
「えっ・・・」
「全然お前らしくないんだよ、一条が絡むと最近の原田って」
「何言って・・・」
「だが、怖いぐらいに・・・」
何かを言いかけて峰は途中で止めた。
そのまま向こう側へ、寝返りを打つ。
「すまん・・・また気、遣わせて」
「謝るな。俺は原田のパートナーだ」
何があったのだとは聞かない峰に、どこまで気付いているのだろうかと、却って気になった。
それでも黙って一緒にいてくれる彼のさりげない優しさが、このときは嬉しかった。
結局ペペに買わせてしまったスーパースポーツ紙にも、小さい扱いではあるが同じニュースらしき記事が載っていた。
ペペさん、ごめんね・・・。
峰の目を盗み、その紙面だけ俺はこっそり抜き取って破き捨てた。
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