混雑したコロン通りから横道に逸れる。
だが庭園へ近づくに連れて、雪だるま式に人の数が増してきた。
「なんか混んでるな」
交差点辺りから群衆と言えるほどの量になり、それは橋を渡る頃になって、とうとう身動きがとれなくなってしまった。
「今、誰かがファイヤーワークスと言っていた・・・どうやら花火があがるらしいぞ」
「そうなのか・・・って、峰・・・ちょっとおいっ」
不意に峰が手を放したと思うと、後ろから両腕がウェストに回される。
「我慢しろ。ここではぐれたら、本当に迷子になるぞ」
「けど・・・うわっ!」
突然大きな爆発音が聞こえたかと思うと、一斉に湧き上がる大歓声。
花火が始まったのだ。
「マジすげー!」
かなり近くで上げられているらしく、爆発音と花火の大きさは迫力満点だった。
しかも打ち上げられる量が半端じゃない。
天空一杯に咲き乱れる無数の花火は、リズミカルに惜しげもなく、次から次へと爆発しては夜空を明るく照らしていた。
不意に後ろから抱き締めてくる腕に力が込められる。
「峰?」
振り向こうとして慌てて前を向いた。
峰の顔が俺を覗きこむように近づいていた・・・キス、されそうだった。
強く吐き出された息の風が髪を揺らし、そのまま肩に顔を埋められる。
どういうつもりだ・・・。
周りではカップルたちがあちこちでキスをしていた。
これに刺激された・・・いや、峰はそういうタイプじゃない。
それとも、最初からそのつもりでここに来た・・・あるいは、俺が雰囲気に呑まれるかも知れない・・・と?
しかし、さっきここで花火があがると聞いた・・・そう言っていたじゃないか。
「・・・嘘?」
花火はおよそ1時間弱続いた。
その間、俺達はずっと黙っていた。
いくら俺が一人で考えていても、何も言わない峰が相手では、答えが出る筈もなかった。
花火が終了してもなかなか動けず、ようやく橋付近の混雑から脱出できたのは午後11時過ぎ。
ホテルへ戻ったときには、既に日付が変わっていた。
「やべぇ〜、さすがに怒られるだろう」
「大丈夫じゃないか、一条なんて昨日たぶん戻ってなかっただろう?」
「そうかも知れないが・・・」
ここまでずっと封印してくれていた名前を、峰があっさり口にした。
俺に対する気遣いも、花火で終了ってことなのだろうか・・・。
「なあ峰、お前さっきさ・・・」
花火を見ている最中に、峰がしてきたことを聞こうとしてやっぱり止める。
キスしようとしたか、なんて、よく考えたらとても聞ける質問じゃない。
「なんだ、俺に抱き締められて勃ちそうにでもなったのか?」
「はぁ!? ・・・・うわっ」
ホテルのロビーへ入りながら、峰が、らしくもなく非常識な言葉を口にしたので、思わず大きな声で聞き返し・・・その場で立ち止まった。
峰が急に足を止めたために、後ろを歩いていた俺が彼の背中にぶつかったのだ。
「よお」
「峰、急に立ち・・・」
文句を言いかけて絶句した。
よお・・・俺が話すのとほぼ同時に峰が声をかけた相手は、ロビーのまん中でまっすぐに出口を見ていた。
違う。
睨んでいた・・・俺を。
峰が僅かに重心を右へ移す・・・俺と一条の視線がそこで切断された。
「ずいぶん遅い御帰還だね」
「そしてそんな時間までこんなところで、ずっと玄関を睨みながら待ち伏せていたのか・・・機内といい、レストランといい・・・俺はそんなに、片時も目が離せないほど美しいか?」
「連れ回さないでほしい」
「一条・・・」
「お前に言われる筋合いはないと思うぞ」
「秋彦、君はどうなの?」
「えっ・・・」
久しぶりに名前を呼ばれた・・・胸が高鳴る。
「秋彦、行くぞ」
峰!?
また強く手を引かれ、そのままエレベーターホールへ向かった。
後ろを振り向く。
一条は・・・・もういなかった。
一条と橋本の部屋は3階だ。
階段へ向かったのだろう。
「放せよ、もう必要ないだろ」
俺は手を振り払うとまもなくやって来た籠へ一人で乗り込み、すぐに閉じるボタンを押した。
だが片足を入れて阻止される。
「つまんねぇ真似すんな」
「それはこっちのセリフだ! 一体何の真似ださっきのは!? 橋でキスしようとしてきたり、一条の前であんなこと言ったり」
「お前ら付き合ってんのか?」
「えっ・・・」
面と向かって聞かれると、返事に窮する。
どう言えばいい。
確かに一条にはずっと好きだと言われている。
キスも何度もしたし、一度はかなり危ういところまで行った。
だが、付き合っているのかというと・・・それは違う気がする。
「ちげーよ」
「だったらお前は一条が好きなのか?」
「それは・・・」
「いいお友達とか、そういうしょぼいアイドルみたいな誤魔化し方はするなよ」
先に釘を刺された。
実際に似たようなことを言おうとしていた自分が恥ずかしくなる。
「好きか嫌いかって言われたら・・・まあ、好きなんだと思う」
「男として・・・恋愛対象として。あいつになら抱かれても良いって意味で、好きなのか?」
「なんだよお前さっきから・・・日ごろは無口な癖に」
「お前は一条に抱かれたいのか?」
「それは・・・・・わかんねーよ」
「わからないか」
エレベーターが11階に到着し、さっさと峰はひとりで降りて行った。
「そんなの・・・わかるわけねーだろ。俺、男なのに・・・」
男なのに・・・俺は迷っている。

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