オレンジ農園はチューファ市内からバスで20分程度のところにあった。
なだらかな山の斜面へ作られた広大な農園には、太陽の光をいっぱいに浴びた、瑞々しい果実がたわわに実っている。
だが、実は収穫期をとっくに過ぎて、全部採り残しだと言うからびっくりした。
「このあたりのオレンジの収穫期は10月から1月にかけて。早いうちにほぼ収穫は済ませますが、採っちゃうには早いもの、キズ物や形の悪い物は自家消費用として残しておきます。あと全部採っちゃうと次の年、実の付き方が悪くなるので、わざと残しておくものもあります」
農園主のゴンサレスさんが説明し、ペペが通訳してくれた。
また、オレンジはビタミンCの宝庫として有名だが、エスパニアではインフルエンザや風邪予防、あるいは治療として、毎朝コップ1杯のオレンジジュースを飲む習慣があるらしい。
あと、生涯の伴侶をたとえて、メディアナランハ・・・つまり「オレンジの片方」と言ったりするのだとか・・・この地域ならではだろう。
「あれ、オレンジストーンだね」
畑での説明が終わって、施設内にある土産売り場へ向かう途中、不意にペペから声を掛けられてびっくりする。
歩きながらどうやら俺は、無意識にペンダントへ手をかけていた。
「知ってるんですか?」
「もちろん。・・・恋愛成就がどうのってヤツだろ? 兄貴は粗悪なガラス玉を掴まされて酷い目に遭ったみたいだけどね」
「お兄さん・・・?」
「おやおや、原田君はエスパニアリーグに詳しそうなのに、なんで気付かないかな。カルロスだよ、僕の兄貴」
「カルロス・・・って、えぇっ! ナランハのフローレス!?」
「そうそう。あれだけバスでヒントを与えたのに、本当に気付かなかったんだ」
「ヒントって、そんなこと一言も言わなかったじゃないですか〜・・・ただの意地悪なナランハサポだと思って、ムカつきまくってましたよ俺」
身内とあっては、そりゃあ応援もするだろう。
だからといって、ラニスタの俺に対してあの言い方はかなり酷いが。
ペペはまったく悪びれた感じもなかった。
べつに本気で言ったわけじゃなく、ただの挨拶代わりだったのだろう。
「で、その石って本当に効いてる? っていうか、原田君の好きな人って誰なのかなぁ〜あの委員長タイプの子?」
「俺にそういう話する人って100%江藤かって聞いてくるんですが、どうしてなんですか?」
「違うの? だとしたら、あの物凄いイケメンの彼かな・・・」
「あの、ペペさん? ・・・俺の真後ろに峰が歩いてるんですが、その質問は相当無神経じゃないですか?」
「俺は別に気にしてないぞ」
いや、俺が気にするから・・・っていうか物凄いイケメンだって、自分で認めちゃうのかよ!
「じゃあ、やっぱりあの子か」
そう言いながらペペが後ろを振り返る。
視線の先は、見なくても峰じゃないことは見当がついた。
「俺は何も言ってませんよ」
「まあ教えてくれなくてもいいよ・・・とりあえず、相当な御利益があるんだってことはわかったからね。早く兄貴に本物を買うように言っておくよ」
そう言うとペペは女子の連中からツーショット写真を頼まれて連れて行かれてしまった。
「ご利益なんかねーっての・・・」
あったらこんなに苦労するかよ。
「原田、買い物はいいのか?」
続々と土産物売り場へ飲み込まれていく連中を見送りながら、俺はなんとなく気分が乗らずに外でぼんやりと長閑な景色を見ていた。
どこまでも続くオレンジ畑に、彼方に見える山の斜面の赤茶けた土の色。
あれが陶器やタイルの原材料だろうか。
「土産物ってどうせジャムとかジュースとかだろ・・・重くなっちまうからなぁ」
それに原田家のジャムはBonne Mamanと決まっている。
「だったら散歩でもするか」
そう言うと峰は俺の手を引いて畑の方へ連れて行った。
俺はペペが言った言葉の意味が気になり、何気なく皆の方を振り返る。
一条・・・。
俺が立っていた場所から5メートルも離れていない場所で、不満そうな顔をしてこちらを見ていた一条と目が合った。
いつからあの場所にいたのだろう。
そのまま農園でオレンジ料理の昼食を頂き、チューファへ戻ったのが、午後3時過ぎ。
ホテルへは戻らず、引き続き皆でファジャ見物をすることになった。
まずは市庁舎前で記念撮影。
女子が一列目へ並び、俺達は二列目の中央へ並んだ。
一条は俺達のすぐ後ろに立つ。
すると峰が俺の腰へ手を回してきた。
「お前っ・・・」
さすがに頭に来て怒鳴りつけようとしたそのとき。
「里子っ!」
一列目の端の方で、女子たちから悲鳴が上がった。
誰かが倒れている。
「・・・江藤!」
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