*四日目:トゥリア庭園* 3月19日の深夜12時。
一条が指定したその時間は、火祭りクライマックスのラクレマを見学する為に、ロビーへ全員集合する時間の30分前になる。
俺にあんな真似をした一条は、その後の見学時間、あのキスは幻だったのかと疑いたくなるほど、俺にそっけなかった。
農園で、昨日までの見学地で、機内で・・・・必ず感じていた視線は、今は無い。
俺は、実は一条はここにいないのではないか、また親父さんの仕事で知らない間に抜け出したんじゃないのかと不安になって、何度も辺りを見回した。
だがこの日一条がクラスを抜けだすことはなく、ずっと大人しく橋本と見物を続けていた。
今夜、12時にトゥリア駅で待っている・・・。
一条はそう言ったと思ったのに。
「俺の、聞き間違いなのか・・・?」
「何の話だ」
峰に突っ込まれて、適当にごまかす。
3月19日、サンホセの日。
サンホセとはキリストの父ヨセフのことであり、チューファの守護神に当たる。
火祭りはこの日最終日を迎え、街中で鳴らされる爆竹の火薬量も、この日に向けてどんどん多くなっていくのだ。
音だけ聞けば、さながら戦場。
いよいよ祭りはクライマックスに入る。
「さてと、どうにか抜けだしたわけだが・・・」
売店でデジカメの電池を買って来ると言って部屋を抜け出した俺は、ホテルのロビーをそのまま出ると地下鉄の駅へ向かっていた。
時刻は11時45分。
約束の時間より15分も早い。
なんとなく落ち着かなくて出てきてしまったが、いくらなんでも一条はまだ来ていないだろうと思い、メトロのサインを目指す。
なのに。
「早いね」
「一条・・・」
一条はもっと先に来て、俺を待っていてくれた。
「まだ15分もあるぞ」
「本当だね、原田早すぎるよ」
「馬鹿野郎、俺が言ってんだ」
お互い顔を見合わせて噴き出す。
久しぶりだ、この感じ。
「原田、こっち」
「なんだ、電車に乗るんじゃないのか?」
一条が俺の手を引いて歩き始めた。
自然と絡み合う互いの五指・・・峰のときには感じられなかった一条の思いが、指の一本一本から、隣を歩く体温から、ときおり俺を見つめるその視線から、静かに俺の心へ流れ込む。
この手を放したくはない・・・素直にそう思える。
一条が庭園に入る階段をおりはじめた。
「なあ、一体どこ行く・・・」
聞こうとして、不意に一条が、誰かに向かって手を上げたことに気が付いた。
視線の先を見ると。
「マジかよ・・・」
心臓が止まりそうになった・・・悪い意味で。
一条が俺の手をすっと放し、一歩前へ進み出るとエスパニア語でその人物に話しかけた。
俺は黙って彼の大きな背中を見つめ、こんな光景は信じたくないと葛藤し、その先にいる人物を恨みがましく睨みつけた。
リタ・・・・想像していたより、結構背が高くてスラリとしている。
こうして夜目に見ても、サングラスをしていても、その美しさが際立って見える根っからのスター。
一条が何かを言いながらさらにリタの方へ近づき、リタも早口で何かを返しながらサングラスを取った・・・・なんて、綺麗なんだ。
なんて・・・お似合いなんだ。
これ以上はもう、見たくなかった。
俺は彼らに背を向けると、黙ってホテルへ引き返す。
「原田、待ってよ・・・!」
一条が追いかけてきた。
「放せよ・・・そろそろ戻らないと。お前はここに残ったらいいだろ、どうせ特別待遇だ」
「ラクレマは見に行かないよ、原田もね」
「何言って・・・」
「そう慌てねぇでくだせぇ」
突然、聞き慣れない声がして俺は辺りを振り返る。
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