声のする方向には、リタしかいない。
どこかに日本人が隠れているのだろうか。
リタがハァ〜ッと長い溜息を吐くと。
「いや、ねぇ。一条の若頭から秋彦さんの話を聞いたときぁ、そりゃぁびっくりしましてねぇ」
「えっと・・・あのっ」
びっくりするのはこっちだ。
俺は素早く目を瞬きすると、今度は一条の顔を見上げる。
一条は苦笑していた。
「あたしもつまんねぇ野次馬連中の言うことなんざ、気にもしちゃあいねぇんですが、若の好いお人が、涙にくれてるって聞いちまっちゃぁ、黙っちゃいられねぇ。記者会見でも何でも開いて、今すぐ誤解を解いてやるって組のモンにも言ったんですがね、情けねぇ話、マネージャーに、お前のいなげな放言が抗争の原因だろってどやされちまいやしてねぇ。・・・だからってまあ、このまんまにはしとけねぇ。一言若の好いお人に詫びを入れなきゃ気がすまねぇだろってんで、こうしてケジメをつけさせてもらいに来たって話でさぁ。・・・全く申しわけねぇ。あたしが秋彦さんを差し置いて若を寝取ろうなんて色気は、これっぽっちも持っちゃいねぇんですよ。誤解を招くような物言いをしたこたぁ、心からお詫びしやす。どうか若の顔に免じて、ここらで手打ちにしてやっちゃあくれませんかねぇ、秋彦さん」
もはや目の前の光景と音声が、別次元を作り出していた。
一条は笑いっぱなし。
だがリタは真剣そのものだった。
「えっと・・・まあ、そういうことだから。原田、リタを許してやってくれる?」
「いや、あの・・・許すっていうか、その・・・でも・・・」
事態がまったく飲み込みなかった。
なんでリタがヤクザ風で、一条が若頭で、その好いお人ってのはつまり俺か!?
意味がわからん!!!
「本当に申し訳ねぇ。いっそのこと、指詰めてきっちり落とし前を・・・」
「あーいやいや、結構です、結構っ・・・!」
仕事はどうする気だ!
「手打ちにしてくれますか、姐さんっ・・・!?」
「おい、誰が姐さんだ、誰がっ・・・」
今や世界のリタに縋りつかれてウハウハのはずなんだが、変な言葉遣いのせいでまったく萌えることは出来なかった。
というか、どさくさに紛れて何を言い出すんだ、このアイドルは・・・!
その後、リタのマネージャー氏なる、これまたファッションモデルかと思うようなラテン系のイケメンがやって来てリタと一条に何事か話すと、リタを連れて立ち去って行った。
この人がリタに、いなげな放言が抗争のうんたら・・・本当に言ったのだろうか。
なぜそこだけ広島弁?
というか、いつの間に抗争起こしたんだ??
だいたい、組とか言ってなかったか???
「おい・・・今のは一体何事だ」
しばし茫然としながら世界的なアイドル女優を見送った後、俺達もゆっくりと来た道を引き返しつつ、トゥリア庭園を後にする。
「まあ、見ての通りってところだよ」
「今のトンデモ展開で何を理解しろと・・・」
一条によると、ようするにリタはただの石見オタの日本通というだけではなく、任侠映画の大ファンで、日本語学習の教材としてヤクザ映画を使用した結果、ああなってしまったと・・・。
そして石見関連の仕事でイベントに参加するときは、うっかりリタのイメージが壊れてしまわないように、エスコートと称して事実上のお目付け役を担っているのか、今の一条の実際のポジションということらしかった。
もちろん親父さんの命令もあるようなのだが、どうもリタのマネージャーに頼みこまれて断るに断れないというのが、最近の状況のようだった。
「リタは放っておくと、どんどん石見選手に迫っちゃうからね・・・」
「まさかあの極道ワードでか?」
「石見選手はある程度知ってるみたいなんだけどね、・・・ファンクラブの人たちや、日本のマスメディアにバレるとさすがに不味いでしょ」
「面白いと思うんだがなぁ・・・」
「そういうわけにはいかないんだよ・・・君だって聞いたでしょう? 暴走したリタが、どんなトラブルを引き起こしてしまうか」
「お前、まさか今回の騒動のこと言ってんのか?」
そういえばマネージャーに放言と言われたと、本人は言っていたが、どうしてリタがあんなことを言ったりしたのか・・・ひょっとしたら、俺の手前、適当に誤魔化されただけということはないのだろうか。
やっぱりリタは、本当は一条が好きで・・・。
一条が不意に俺の肩を抱き寄せて、顔を覗きこんで来たきた。
「秋彦、・・・そういうところはちょっと君の悪い癖だよ。そうやって、すぐに僕とリタに何かあるんじゃないかって勝手に疑ってしまう・・・・まあ、君にやきもちを焼かれるのは、いつでも嬉しいけどね」
そう言って俺にキスをしてくる。
「おい・・・道路でするな」
俺は一条を睨みつけた。
だが、抱かれた肩はそのままだ。
俺だって、結局一条と寄り添っていられるのは嬉しいのだ。
「あれは別に僕の事を言ったわけじゃないんだよ」
「そうなのか・・・ってことは、リタの恋人って」
「石見選手」
「えっ」
何だと・・・・!!!???
いや、ちょっと待てよ、それって凄いスキャンダルじゃないか!
大体石見には奥さんも子供もいて、愛人の噂まであって、しかしそれは流石に10代のリタじゃかった筈・・・。
それともあれで、結構石見って見境のないタラシなのか!?
「・・・但し、リタの脳内の話だけどね」
「いやいやいや、脳内だろうがなんだろうが、それはちょっとさすがに不味い・・・・お前、今何て言った?」
「だから、リタって相当の電波少女だってことだよ」
「脳内・・・電波って・・・世界的なアイドル捕まえてお前・・・マジか、それ?」
だが、いくら任侠映画で日本語を覚えたからと言って、指を詰めるとまで言い出したリタ。
あれは言語学習の教材にしたというより、むしろなりきり・・・ごっこ遊びに近い。
本気だったらさらにヤバイが。
となると、ファンが高じて同郷の御曹司一条という仲介者まで得ていて、自由に思い人へ近づくことのできるポジションを獲得した彼女なら、あるいは・・・・。
「あり得るかもな」
石見もまた、厄介な少女に思いを寄せられてしまったのかも知れない。
ちなみに一条によると、今回の騒動についてはすでに石見側でも理解しており、そして先方では「ちょっとした冗談」と受け取っているらしい。
「日曜日に共演する予定だったサッカー番組の出演、石見選手はいきなり理由不明のドタキャンになっちゃったけどね」
いやいやいや、それは絶対に気付いているでしょう、真相に。
「でもまあ、ああいう報道が出てしまうと、僕自身がリタの傍にいることまで彼女のマイナスになりそうだから、今後こういう仕事はもう、あまり頼まれないと思うよ」
「本当か?」
「来ても断るよ」
そう言って一条がまたキスをしてくれた。
「ねえ秋彦・・・僕にも話しがあるんだ。ちょっと付き合ってくれる?」
そう言うと一条は俺の返事を待たずにホテルへ戻った。
時刻はすでに1時過ぎ。
みんな今頃火祭りクライマックスを見物中だろう。
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