その後峰は俺に、勉強机のブックエンドに並べてあったビクトリー・イレブン・シリーズを全て撤去させ、本棚のサッカー雑誌と共に荷造り紐で纏めさせた。
続いてクローゼットの中のエロゲーコレクションも同じく荷造り紐で纏めさせると、それを来春まで預かると言い出した。
「俺にストレスで死ねと言う気ですか」
20分間泣いて縋って、俺は漸く回避に成功した。
「寧ろお前には、本気で受験生のストレスを味わえと言いたいところなんだが、まあよく考えてみれば、どうせお前のことだ。俺がこれを預かったところで、今夜にでも密林で大量購入するだろうしな。連日エロゲー漁りまくって夜更かしでもされたら、何をしていることかわからない」
「俺を何だと思ってやがる・・・」
「仕方ない。一先ず机の周りだけでも綺麗にしろ。遊び道具は全部、紐で縛ってクローゼットに仕舞え」
「紐で縛るのはいいとして、机の周りは綺麗にしてるだろう?」
これでも先週末に掃除したばかりだ。
「こういう物を全部なんとかしろ。気が散るだろう?」
峰は壁に貼ってあった石見由信(いわみ よしのぶ)のポスターや、机の上のラナFCのカエルマスコットなどを手にして言った。
「えぇ、それもダメなのかよ」
「とにかく勉強に関わる物以外全部だ。PCのお気に入りも削除しろ」
「それは嫌だよ・・・試合結果気になるじゃん」
「3月までは我慢しろ。お前、本気でやる気あるのか」
「お前はお父さんかよ」
よく知らないけど、俺イメージで。
「必要ならそう呼んでくれてもいい。ただし、俺がお前の父親なら、卓袱台引っ繰り返して鉄拳制裁が待っている」
てめぇは昭和の野球漫画か!
「ねえ、どうしてもダメ?」
「しつこい」
「勉強はするから・・・」
「ダメだ。それ以上言ったら、俺が3月までこの部屋へ泊まり込むことになるぞ。俺はそれでもいいんだぞ」
「・・・・削除します」
結局部屋の整理整頓だけで、気がついたら7時を回っていた。
腹の虫が鳴る。
「こんな時間か・・・・今日はもう無理だな。とりあえずメシに行くか」
いつのまにかクローゼットの掃除を終わらせていた峰は、立ち上がり、手にした使い捨てのダスターを折り畳みながら言った。
ブレザーを脱いで、シャツの両腕を肘まで捲り、ネクタイの端を肩から後ろへ掛けている。
スラックスの膝が、うっすらと埃で汚れていた。
なんだか申し訳ない。
結構大量に出たゴミを袋へ詰めながら、俺は窓を見た。
蛍光灯の灯りをガラスの表面に反射させた、その向こう側は、もうすっかりと暗くなっていた。
夕方の便で空港へ到着すると言っていた英一(えいいち)さんが、おそらくそろそろ帰って来る頃だろう。
冴子さんは出張で、今日は終日不在なので、どちらにしても今晩は俺が夕飯を作らないといけない筈だ。
「ウチで食って行けよ」
何気なく峰に提案した。
「お前んちでか・・・?」
目を僅かに見開いて峰が俺を見た。
「なんだかすっかり世話かけちまったしな・・・まあ、大したもん作れねえけど、たぶん肉じゃがかカレーぐらいなら出来ると思うぞ。・・・あ、牛肉ないか。チキンカレーになるけど、いいか?」
「お前が作るのか?」
「何だよ・・・バカにしてんのかよ。これでも結構慣れてるんだぞ。大概俺が一番早いから、うちの夕飯担当はほとんど俺だし」
もちろん、得意ってわけじゃないし、多分峰の方が料理の腕は上なのだろうけど。
「そうか・・・お前の手料理か」
峰がしみじみと呟いた。
「いや・・・べつに気が進まないなら、外に食いに行ってもいいんだけどさ・・・」
そうすると、英一さんの夕飯を先に作ってからになるから、結構遅くなる。
しかもこの辺りで晩飯となると、城西(じょうさい)公園駅前の『餃子の銀将』ぐらいしかない。
いっそ、峰を送りがてらに、臨海公園まで行った方がいいだろうか・・・。
どちらにしても面倒な話だ。
「頂こう。このダスターはどうする? 結構ボロボロになったが」
「ああ、それはもう捨ててくれていいよ・・・っていうか、えっと、あれ? 何て言った? どこかへ食いに行くんだよな・・・」
頂こうって、何をだ?
どうにも話の流れが読めない。
「晩飯に決まっているだろう・・・お前が作るんだよな? ならぜひ頂こう」
峰がボロボロになったダスターを俺に寄越してくる。
「はあ・・・んじゃ、まあ支度します」
俺はダスターを預かり、ゴミ袋の中へ押し込むと、もう一度口を縛りなおした。
結局、どういう意識の流れでその結論になったのか、峰の考えることは真に謎のままであった。
俺が作るならぜひ頂く・・・?
俺の料理が不安だから、気が進まなかったわけじゃないのか。
それとも、自分が横から手を出して、好きなように作るつもりなのだろうか。
まあ、それはそれで鬱陶しいながらも、楽が出来そうで助かるのだが。
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