キッチンへ向かい、夕飯の準備を始めた。
冷蔵庫の中をチェックしなおし、カレーの具はチキンとトマトに決定した。
ツナ缶とキャベツでサラダを副菜にする。
そして峰は手伝ってくれるのかと思いきや、キッチンの入り口に立ってじっと俺を見ているだけだった。
「あのぉ〜・・・そうやって監視されていると、非常にやりにくいのですが」
「俺はいないものと思っていいぞ」
「無理です!」
「そうか・・・ん、誰か来たようだ」
表に停まる車の音を聞きつけて、峰が言った。
「ああ、英一さんだ。どうせ凄い荷物だろうから、ちょっと迎えに行って来るわ」
鍋の火を消して廊下へ出てみると、どうにか自分で鍵を開けて入ってくれたらしい英一さんが、空港の免税店や画材店のショッピングバッグを玄関マットの上に並べて、こちらへ背を向けながらちょうど靴を脱いでいるところだった。
「英一さん、お帰りなさい」
「お邪魔しています」
俺の後ろから付いて来ていた峰も、英一さんに声をかけた。
「ただいま秋彦君。ああ、いらっしゃい・・・峰君だったよね、珍しいね。・・・ん、いい匂いだなあ。カレー作ってるのかい?」
「はい、そろそろ出来あがります。・・・英一さん、これ持って行っていいですか?」
「うん、開けちゃっていいよ・・・よいしょっと」
「やった〜!」
許可が出たので、俺は見慣れたチェック柄のショッピングバッグを手にとった。
この中身は絶対に、Bonne Mamanの胡桃ケーキに違いない。
「俺も手伝います」
峰も横から手を出し、玄関先のスーツケースを持ちあげていた。
「ああ・・・、お客様なのに悪いね」
「とんでもないです」
結局、残りの荷物は峰がリビングへ運び込み、俺はBonne Mamanだけを持ってキッチンへ戻り、そのまま夕飯を完成させることになった。
その間に英一さんには、自室で着替えて頂く。
「ほうほう、美味しそうだなあ」
シャツにラフなカーディガンを羽織って、英一さんがリビングにやってきた。
「あり合わせなので、だいぶん手抜きですけど」
「チキンカレーとツナサラダね。・・・レトルトのエスカルゴがあるから、これも火を入れちゃおうか」
そう言って英一さんは、リビングの片隅に峰が置いた、パリのデパート名が入っている袋から、PCのキーボードぐらいの大きさの箱を取り出すと、中身のアルミパックを引き抜いて蓋を捲り、そのままオーブンレンジに入れた。
「はい、峰」
俺はカレーの皿をテーブルへ置き、峰へ座るように促した。
「ああ・・・」
そう応じた峰の声が、少し上擦って聞こえたのは、気のせいだろうか。
「秋彦君、僕のも入れてくれる?」
テーブルへ戻ってきた英一さんが、峰の隣へ腰を下ろした。
「はい、英一さんどうぞ」
「ありがとう。峰君、秋彦君のカレーはかなりお勧めだよ」
「英一さん、査定のハードルを無駄に上げないでもらえますか」
「なぜだい。本当に美味しいのに・・・頂きま〜す」
「峰は料理歴が長いんですから、絶対に点は辛いんですよ」
「頂きます」
そう言って峰も丁寧に手を合わせた後で、スプーンを右手に持った。
極端な金属アレルギーの彼が、一体何に反応するのかがわからないので、念のために峰には使い捨てのプラスティックスプーンを出しておいた。
「どうどう、美味しいでしょ?」
英一さんが無邪気に峰へ聞いていた。
俺もその様子をじっと見守る。
・・・というか、なぜこんなにも緊張しないといけないのだろうか。
別に峰が美味しく食べようが、ボロクソに言ってくれようが構わない筈なのに。
「うむ」
峰が微妙な声を発した。
「うむ・・・・って、何なんだよ!」
思わず突っ込む。
「なんだお前、俺の感想が知りたいのか?」
「・・・ああ、ええっと・・・まあ一応な」
作った立場としちゃ、そりゃあ少しぐらいは気になるに決まっている・・・あくまで少しぐらいは、だが。
「結果から言えば美味い」
「そ、そうか・・・」
凄くホッとした。
「細かい評価も知りたいか」
「いや、それはいい」
「そういうのは、どうだっていいよね。美味しければそれでいい。美味しいって思えるのは、何もテクニックだけの問題じゃない。誰かに美味しく食べてもらおうと思う気持ちと、自分の為に作ってくれた相手への感謝の気持ち。それがあれば、どんなもの大抵は美味しく食べられるもんだよ」
「あ・・・あの英一さん、ちょっとその解説は、素直に肯定し辛いものがあるのですが」
つまり結果的に俺の料理は、やはりあまり美味くない、という意味ではないだろうか。
まあ、別に料理上手とは自分でも思っちゃいないのだが。
何より、思いがどうとかっていうのは、妙な誤解を招きかねず、また峰と気不味くなりそうな気がした。
しかし。
「そんなことはないだろう。原田さんの仰るとおりだ。そういう心がけがもっとも大切という意味だろうが」
思いがけず、峰が英一さんに同調した。
「そうだよ。料理は愛情・・・良い言葉だね。あ、エスカルゴが出来たみたいだね・・・ちょっとニンニク強めだけど、二人とも良いよね?」
「ええ、まあ・・・」
だって、エスカルゴの調理にガーリックは欠かせないものだろう。
デート前ならさすがに気になるかも知れないが、幸いというか不幸にもというか、そういう予定は暫くない。
「俺も気にしません」
峰もそう応えていた。
「・・・・なるほど。お互いに食べていれば、確かに気にならないか」
英一さんは峰と俺を何度か見比べた後でそう言うと、苦笑しながらオーブンまでエスカルゴを取りに行った。
「何だ・・・?」
言葉の意味は、俺にはまったく謎だったが、峰にはそうでもないらしかった。
「わからないなら気にするな。ただでさえ足りない脳細胞を、そんなところで無駄に使うんじゃない」
そして俺は、水が入ったグラスを投擲したい衝動と必死に戦っていたため、確かに英一さんの言葉の意味を考える余裕など1秒もありゃしなかった。
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