繰り返しになるが、私が同姓を恋愛対象としたことは一度もない。ではそういう接触もしたことがないかと言えば、それは違う。
小学校2、3年の頃だったと思うが、同じ町内に長谷倉夕香(はせくら ゆうか)という3歳年上の綺麗な少女が住んでいた。故郷の町はわりと裕福な家庭が多く、自分も含めて皆私立の小学校へ通っていたが、町外れに一軒だけ、2階建ての古いアパートが建っていた。夕香はその1階の角部屋に住んでいた。
母子家庭で水商売だった彼女の母親は、大抵不在で、いつも夕香は一人で留守番をしていた。町には同年代の少女が多かった筈だが、彼女はいつも遠巻きに私達のボール遊びやごっこを淋しげに見ており、気まぐれに誰かが誘ったときにだけ仲間に入っていたが、次の機会には大抵輪から外れていた。その理由を私はいつも不思議に思っていた。
ある夏の日、たまたま遊び仲間が誰もいなかった私は、思いきって夕香の家を一人で訪ねた。彼女は顔を綻ばせながら迎えてくれ、私達はこの日初めて夕香と二人で遊んだ。
「大人ごっこがしたい」
当時友達の間で流行っていた遊びを私が口にすると、夕香はすぐに賛同を示した。
大人ごっことは、ママゴトの一種に近いが、設定を家庭から社会へと発展させて、色々な大人の振りをする自由度の高い遊びだった。そして全員何かの職業に就くことがルールになる。スチュワーデスだったり学校の先生だったり、テレビアイドルだったり、なんでもいい。各自のイメージで様々な大人が一度に登場して、それっぽい会話を交わす、ある意味、知識と想像力がものを言う遊びと言っていい。ママゴトのように子供役が登場せず、全員が大人になるため、大人ごっこと私達は呼んでいた。この遊びは外より家の中でやる方が、化粧品や衣装など、小道具が使える分、効果が増す。着飾れるというだけで、私は誰かの家で遊ぶ方が好きだった……もちろん、後でその家の母親から怒られることになるわけだが。
ドレッサーを借りて髪を括ったり綺麗な洋服を着たりと、この日も最初はいつもの遊びが始まったと思いわくわくしていた。
「可愛いね」
恐らくは夕香のものと思われる水色のワンピースを借り、髪をリボンで括ってもらう。お洒落をした私の隣に腰を屈めながら顔を並べて、鏡越しに夕香が褒めてくれる。たとえリボンがなくても、会うたびに少しずつ大人びていく夕香の方が、自分などよりもずっと綺麗だと私は考えた。
「夕香ちゃんも……」
自分だけが着飾っているのも妙な気がして、ドレッサーの前を譲ろうと立ち上がると、彼女は笑みを湛えたまま静かに首を横に振った。
「私はいいの」
そして手を引かれ畳の中央に誘導される。
「じゃあ脱いで」
本当はせっかく着せてもらった可愛いワンピースをもう少し着ていたかったが、持ち主に言われては仕方がない。私は洋服を彼女に返して、自分の服を着ようとしたが、その手も止められた。
「えっ……」
そして目の前で夕香もするすると脱ぎ捨て、全裸になってしまったのだ。
「初音ちゃんも早く」
「う……うん」
言われるがままに下着へ手をかける。疑問を持たなかったわけではないが、ひょっとしたら、風呂場で水浴びをしようということかも知れない……単純な私はそう考えたのだ。真夏の昼下がりの出来事だ。ごっこ遊びも楽しいが、こう言う日は水遊びの方が適しているだろう。
「お風呂どこ?」
全てを脱ぎ、年上の少女に問うが、風呂には入らないと言い返された。それではなぜ裸になったのかと、漸く不審に思った。
すると、おもむろに彼女がその場へ横たわり、自分にも寝るように命じた。意味がわからず、躊躇していると、再度命じられ、おずおずと従う。
「何……するの?」
「だから、大人ごっこだよ。したいんでしょ?」
「そうだけど……」
隣へ同じように横たわると、そうではなく上に乗れと言われた。ますます混乱し、もじもじとする。
「いいよ、じゃあ私が乗るから」
畳へ押さえ付けるように倒され、自分よりも重い体重が上から覆い被さり、本気で怖くなった。
「何するの、夕香ちゃん……」
「大人ごっこでしょ? ほら、じっとしてて」
痩せぎすの固い身体、膨らみ始めた乳房、滑らかな皮膚……長い髪がひやりと冷たかった。
夕香はしばらくそのままじっとしていた……恐らく私が落ち着くのを待っていたのだろうと思う。そのうちに、もぞもぞと愛撫が始まった。
指先による乳首への刺激から始まって、その部分を舐められ、吸い付かれた。新しい行動へ移る度に、夕香から気持ちいいかと尋ねられたが、その度に私は否定した。それは素直な感想だったと思う。たった7、8歳の子供に、性感などわかるはずもない。ひたすら怯えていたせいもあるだろう。
「じゃあこれは?」
今度は指先で股を弄られた……。
「気持ち良くない」
「嘘、いい筈だよ」
「良くないよ」
訊かれたから答えているのに、なぜ夕香が強行にそれを否定するのか、私にはわからなかった。何しろ当時は、「小用を足す場所」を触って気持ち良い理由が理解出来なかったのだから……子供の感覚などそんなものである。
一向に快感を伝えない私に夕香は焦れた。そして、裸にされ、身体を弄り回されることに飽き飽きしていた私も、そろそろ我慢の限界だった。
「もう嫌だよ、帰りたい!」
私は立ち上がった。怒りだした私に夕香が軟化を見せた。
「わかった、もうしないよ」
「本当?」
それならば、いつものごっこ遊びが出来るかもしれない。そう思った私は、服を手にしたまま再び腰を下ろした。
「私はしないから、次は初音ちゃんがして。それならいいでしょ?」
「えっ、いやだよ……」
「どうして? 初音ちゃんは触るだけでいいんだよ? 私は何もしないから」
「でも……」
そうやって服や畳に触れているのと同じことだ……そんな詭弁を本気でその通りだと思いこみ納得した当時の私に、お前は本物の馬鹿だと今なら言ってやりたい。
再び説得され、今度は体位を入れ替えて、第2ラウンドが始まった。
誘導されるがままに、自分よりも少し大人になりかけている夕香の身体に触れていった。寝転べばまだまだ平らに近い胸を揉み、続いて乳首を舐めるように言われて、最初の抵抗をした。触るだけという約束を違えていると主張したが、口で触るのだから違わないと言い返され、またもや説得された。今でもけっして口が達者ではないが、当時の私はとことん論争に弱かった。
夕香は小さな反応をときどき見せて、私はその度に、なぜそのような演技をするのかと訝しがった。胸の次に股を触るように言われ、おそらく無造作に従った。そして思うような快感を得られなかったのだろう夕香は、その場所を舐めるように指示し、再び私は強く抵抗した。しかし、それで終わりにするという妥協案の提示に、帰宅許可の言質まで取りつけて、私は少女の股間へ顔を沈めた。
「そこ、舐めて……そう、もう少し……」
匂いがどうだったとか、味は、感触はどうかなど、今ではまったく覚えていない。当時の私にとって、軟禁状態で誰かの股を舐めるという行為は、苦行以外の何物でもなかったのだ。
とにかく必死に舐め続けた。
「気持ちいいの? 本当に?」
こんなことをして一体何になるのか……純粋な疑問とヤケクソ、……そして、夕香がしていたときに、同じように尋ねられたことから、自分もそうするべきなのだろうと素直に倣い……おそらくそうした複数の理由から、ときおり私は夕香の反応を伺った。
「いいよ……もっとして」
作業続行を指示されて、ふたたび股間に挑んだ。そのうち徐々に夕香の反応が変わってきた。
「あっ……んあっ」
見たこともない身体の震えと、初めて耳にする泣き出しそうな声音……。
「ねえ、大丈夫? もう止めた方が……」
心配になり、怖くなり、私は顔を上げて様子が急変した夕香に問うたが。
「いやっ、やめないで、続けて……」
妙に必死な声で続行を求められ、有無を言わさぬ強い調子で脅迫されたように、私は行為に戻った。そしておそらく、命令によって退路を塞がれた精神的恐怖から、スピードを上げて夕香の局部を舐め続けた、……恐らく無我夢中になって。
「ああっ……んあああっ……!」
やがて、かぼそい声を上げながら、夕香は泣いているように顔を歪め、痩せた身体が小刻みに震えた……何が起きたのかまったくわからなかった。
そのまま天井を見上げ茫然としている夕香に、おそるおそる大丈夫なのかと身体を気遣った。夕香はゆっくりと私を振り返り……なんと返したかは覚えていないが、おそらく気持ちよかった、ありがとう……そのようなことを言われた気がする。表情は柔らかく微笑んでおり、いつもの優しい夕香が戻ってきて私は安堵した。
しかしその後、夕香は私に同じことをしようとした。気持ちいいからとか、してあげるからとかなんとか……私はされるがまま押し倒され、それでも必死に抵抗だけは続けていた。仰向けにされ、夕香が覆い被さり、もぞもぞと動き回っている最中に、突然玄関が開いた。
「あんた達、何やっているの……」
買い物でもしてきたのだろうか、大きな荷物を提げたまま、そこに立っていたのは夕香の母だ。玄関と言っても6畳一間のアパートのことだ。開いたままのガラス戸の向こうは、狭い板間を挟んで、大人が2人も並べば満員になるような三和土があるだけである。
帰宅した家では小学校高学年の娘が、近所の子供とともに裸で畳に重なり横たわっていたのだから、心中察するにあまりある。
「お昼寝してたの」
今思い出しても、そんな夕香の言い訳が通じた筈もないであろうと思う。
小声で服を着ろと夕香に命じられ、着てきたものを身につけていると、今度は彼女の母親から帰るようにと厳しい表情で告げられた。
事件が果たしてどのように大人の間で結論づけられ処断されたのかはわからない。以後、訪ねる気にもならなかったが、母からも夕香の家へ行くことは禁止された。
元から夕香は、近所の子達からも敬遠されがちだった。ときおり気になり、仲の良い子達と遊んでいる最中に夕香の話題を出してみたが、皆一様に表情を曇らせ、明瞭な返答はなかった。子供の言葉で言えば、夕香は嫌われていたわけだが、穿った見方をするなら、あの当時同じ体験をした子が、他にいなかったとも限らない。そう考えると、夕香の話題を出したときに同姓の友人達が見せた微妙な反応も納得がいく。
数年後、夕香は町から去った。引っ越し後の住所も、以後、彼女がどうしたかもまったく聞いてない。元々近所に同年代の友達が多かったこともあり、間もなく私も夕香のことなど気にならなくなった。今の今まですっかり忘れていたのだ。