一足先に店を出て、入り口近くで皆を待つ。コンパから一転、女子会となったが、その方が気持ちは軽かった。
「遅いなあ……」
携帯の表示は8時過ぎ。レジ前には現在、精算を担当している我妻と、会費未納の夏樹が向かったが、遠巻きに確認した限り、かなり込み合っていた為、もう少し待つかも知れない。他の女子はトイレで化粧直し中である。
「あれ、佐伯?」
突然知っている声に名前を呼ばれて振り返ると、久しぶりに見る顔が、ごく近くに立っていた。
「原田君……あれ、ひょっとして中にいたの?」
3月まで城陽学院高校に通っていた原田秋彦は、この4月から泰陽文化大美学美術史学科の学生だ。10分ほど前に自分が出てきた扉のすぐ前にいる為そう訊くと。
「うん。ひょっとして佐伯も?」
「そう。レジが混んでるから、友達に任せて先に出てきちゃった」
「おんなじだ。……新歓とか打ちあげとか、なんか今日はやたらパーティーが多いみたいだな」
秋彦が扉の向こうを探るように首を動かしながら言った。
「そうなのかな……」
合コンメンバーは半分以上が泰文の学生で、杉橋に至っては城陽出身だ。考えてみれば中には何人か知り合いがいたかもしれない。そう想像すると、ますます自分がコンパのメンバーだったとは言い難く返事を曖昧にしたが、彼からの追及もなかった。
「まあ、花見とかもあるし、4月ってのは、結構飲みシーズンだよなあ……あ、すいません」
突然秋彦が誰かに謝罪したかと思うとこちらへ移動し、ほぼ同時に開いた扉からは精算を終えたグループがぞろぞろと出てくる。
すぐ隣に立っている秋彦をさりげなく横目で見る。触れ合っている肘を意識する。これほど接近したのは、いつかのお化け屋敷以来だと思った。
「あれ……」
チェックのシャツと水色に近いブルーのデニム、その先を飾るシューズに気付く。
「遅かったじゃん」
「待たせたな。……よお」
「あ」
団体の最後尾から、どうやら秋彦の同伴者が出てきたようだ。黒い財布にレシートを仕舞いながら、自分へ向けてされたのであろう、簡単すぎる挨拶へ、自分もまたこれ以上もないほど短い応答を返した。
「じゃあな、佐伯」
「……うん」
一瞬の間に消えた温もりが、店から出てきた男の隣へ移ってしまい、男が無表情のまま、さも当然のようにその肩を抱き寄せる瞬間を、複雑な気持ちで見守った。
伸縮性のある紺色の生地を使った細身のポロシャツと黒いスリムのデニム、……暗い室内ではオーソドックスな黒の革靴だと思い込んだ足元は、良く見るとカーキ色のソールを持つカジュアルなデッキシューズだった。
寄り添う秋彦は、チェックのシャツに明るいデニム、そして決定的とも言える水色のスニーカー。
「つまり、これって……」
自然な雰囲気で身を寄せあいながら、夜の街へ消えて行く原田秋彦と峰祥一の、絵になり過ぎる後ろ姿は、大いに興奮を煽りつつも、僅かに胸を締めつけた。
「何、呑気に見送ってるのよ……はい、これ返金」
「お帰りなさい……ええと、返金?」
「そ。今回は全面的に男子持ちだってさ。まあ、あんな騒ぎ起こされたんだから、当たり前っちゃあそうかもね。下手すりゃ出禁モノだもの」
「えっと、でも……っていうか皆は?」
「我妻達ならトイレだけど、待っても無駄よ。リコと逆ナンしに行くって気合い入れ直してる最中だから。まさか、佐伯も行きたいの?」
「まさか。けど……会費、本当にいいのかなあ。それよりリコちゃんって彼氏は……っていうか、いきなり呼び捨てって……」
「そうよねえ、よかった! さあ飲みに行くわよー。お姉さんに付いて来なさいっ」
「ねえ、和嶋さん…?」
何が何やらわからない間に、夏樹にタクシーへ乗せられた。