身体を揺すられて起きると、綺麗に化粧を済ませた夏樹が部屋に立っていた。
「ごめん、今日は1時限目からあるからもう行くね。初音も適当に準備してね」
バタバタと洗面所やクローゼットを行ったり来たりしながら、チェックアウトの時間と精算が済ませてあることを告げて、友人が慌ただしく出て行こうとする。慌てて起き上がり、夏樹を呼び止めた。
「ま、待って……半分払うから!」
急いで鞄を探し、財布を取り出しながら金額を確認する。
「そう? じゃあ……」
きっちり6500円を支払って、改めて夏樹を見送った。至って普通の会話だ。
ベッド近くの姿見で、スカートを履いていない間抜けな自分を発見する。
「ブラウス皺だらけ……」
髪もあちこちが跳ねていて酷かったが、時計を見ると既に7時半を過ぎていた。チェックアウト時間はまだ遠いが、1時限目を放棄するとしても、この髪で大学へ行くわけにはいかないだろう。服もやはり着替えたい。
クローゼットから丁寧にハンガーのクリップで止められているロングスカートを抜き取って身に付ける。自分でした覚えはないから、間違いなく夏樹が吊るしてくれたものだろう。皺になることを気にしたのか、スカートこそはクローゼットにあったが、他の衣類は全て着けている。
部屋へ到着してからの記憶を遡る……蜃気楼を見ているようなうっすら揺らめく夜景と、夏樹の美しい裸体、胸や脇腹、局部に触れられた感触、自慰とは比べ物にならない快感……。
「やだ……何考えてんの」
慌てて頭を振る。生々しいほどの感覚は切れ切れの記憶と共に身体へ残っているというのに、このあっさりしすぎている朝はどういうことか。ふらふらに酔っていた自分は記憶も曖昧で、あれが現実に起こったことなのか、ただの夢なのかもわからない。だが夢にしては、生々しすぎる。
幼い頃、夕香にされたときには、ただ怖かっただけの行為が、今ではなぜ、感じないと言った自分をあれほど夕香が疑ったのかよくわかる。性行為は多分気持ちいい……そして多分としか言えないことがもどかしい。
ホテルを出て一旦家に戻り、服を着替えて出直した。いつもより1本遅い電車に乗ると、意外な人物と遭遇した。
「おはようございます、初音様」
白いセーラー服へ身を包み、3年の徽章を付けている小森みくだ。
「あれ、学校は?」
「もちろんこれから行くんですよ?」
当然のように返答をする小森に首を捻る。
確かに現在電車は、城西公園から城南女子学園の最寄り駅である臨海公園へ移動中だが、小森は昨年まで、百合寮における私のルームメイトだ。
「どういうこと?」
「今年から自宅通学になりましたから。あれ、初音様の携帯鳴ってませんか? では、せっかくお会いしたのに名残惜しいですが、みくはここで」
「本当だ……じゃあね。気を付けて」
懐かしい小柄な後ろ姿を見送る。
「そういやあの子の家って城西公園の近くだっけ……っていうか、なんで今まで寮生だったんだろ」
そもそもの問題へ改めて疑問を感じながら、間もなく電車は歴史資料館前駅に到着した。この駅前ローターリーから、大学行きのバスは出ている。混雑する流れに乗って列に並び、時間を確認した。
ここから大学まではバスで20分。バス停から1時限目の講義がある教室までは10分弱。そして次のバスが来るまでは10分少々あるので合計約40分……講義を半分ほど逃す計算になる。大抵、最後の方で思い出したように出席カードを回す緩い教授なので、出席点は貰えるだろうが、遅刻者にはねちねちとうるさい。
「もういっそ、さぼっちゃおうかな……そうだメール」
さきほど着信の思い出し、鞄から携帯を取り出した。受信フォルダを開き、登録のない番号に首を捻る……アドレスではなく、電話番号を使ってショートメールが送られていた。最新のメールをタップして表示させ、途端に、画面いっぱいへ展開される肌色の画像にギョッとして、慌てて携帯を鞄へ押し戻す。
「何……今の……」
大いに焦りながら、さりげなく周囲の様子を伺う。後ろの女性が不審そうな視線を送って来たが、目が合った瞬間、すぐに視線を逸らされた。変な人だと思われたようで、恥ずかしかったが、角度から推察すると、恐らくメールまでは見られてはいないだろう。
今度は鞄を開いて中を覗き込み、暗がりの中で画面にはっきりと表示されているものを目の当たりにして、改めて真っ赤になった。
「何なのこれ……」
性質の悪いスパムか何かだと思ったメールの画像は、あろうことか自身の嬌態だ。正確には自分と夏樹の抱き合う姿である。裸の女二人が肌を合わせ、互いに引き寄せ合い、濃厚なキスをしている……自分は目を閉じていたが、夏樹はカメラ目線で携帯を手に持っていた。……遅れて気が付いたが、写真は夏樹によって鏡越しに撮影されたのだ。
画面をスクロールして本文を見る。
『おねんね中にケー番こっそりGET^ー^b
びっくりした?
昨夜は楽しかったよ〜♪
即レス大歓迎なのでヨロシクねb
また遊ぼうよ!
PS キス顔もこっそりGETなのだ。可愛い〜チュッチュッ^3^
はちゅねちゃんにメロメロのナツキより愛を込めて』
「はちゅね……」
朝っぱらからくらくらと眩暈がした。
コンパへ来る理由が必ずしも異性との出会い目的とは限らない。傷心の夏樹は新しい恋を求めて来たと確かに言ったし、バイセクシャルだとも言ったが、探している相手が男だとは一言も言っていなかった。……なるほど、同性相手であっても出会いには違いないだろう。それなら、コンパでフェミニンなスカートに囚われる理由もないではないか。
結局この日は体調不良を理由に、そのまま自宅へ帰還となった。
余談になるが、夏樹の元カノである栞が別れ際に彼女へ告げたという『疲れた』原因が、度重なる夏樹の浮気によるものだと判明したのは、これよりずっと後のことである。