昨日の放課後、僕は篤との約束通り、祥一にコンパの件を持ち出していた。
文化祭で朝倉翼(あさくら つばさ)が起こしたストラディヴァリウス盗難事件のお陰で、すっかり今まで忘れていたのだ。
「コンパ?」
デモ制作で今日から3日間スタジオ入りだという祥一に付き合って、二つ向こうの駅まで足を伸ばしていた僕は、電車の中で話を切り出した。
今日から3日間。つまり明日までだ。
「無理だったらいいよ急な話だし。祥一はレコーディングがあるんだろ」
「誰が来るんだ」
「城南女子。山崎雪子とその友達連中だよ」
「それで?」
「それでって・・・」
言われて気づいた。「あとは僕もよく知らない」
そういえば誰が来るんだろう?
「お前が約束したわけじゃないんだろう」
「ああ、うん。篤が誘ったんだ」
「一条か」
急行停車駅の混雑した改札を通り抜けながら祥一はぼんやりと篤の名前を口にした。
「あいつには僕から言っておくよ。もともと自分が悪いんだし」
「一条が何かしたのか?」
「朝倉君が来るって山崎に言ったらしいんだよ。本人には断りもなしに」
女優の朝倉あずさ(あさくら あずさ)とバイオリニスト小城山良次(おぎやま りょうじ)の一人息子で、自らも舞台俳優をしている我が校きってのスター中のスター。
文化祭で憧れの山崎雪子を誘い出すために、篤は朝倉が来ると彼女たちへ嘘を吐いた。
しかし当の本人が来られないと判ったために、体裁を整える目的で、華のある祥一に来てもらいたがっているのである。
女に会いたいがためにプライドを捨ててしまうような男に、果たして山崎雪子が惹かれると思うのだろうか。
情けなくて涙が出てくる。
「断られたのか」
「バイトがあるから無理だって。利用しようとした罰だよ、頭を冷やせばいいんだ」
朝倉はスターだが、同時に苦学生でもあった。
「でもそれじゃあ一条の面目が潰れちまうわけだ。・・・だから俺に話が回ってきたってことか」
「祥一が付き合うことじゃないんだからね」
っていうか、自分なら朝倉の穴を埋められると自覚しているらしい点は、ここではツッコまずにおくべきか。
腹は立つが。
「だって3対3じゃなきゃまずいんだろう。いいよ俺は」
「まさか、来るのかい・・・」
正直言って驚いた。
篤のやった愚行は同情に値するようなものではないというのに、それを救ってやろうというのだから。
「時間に間に合うかどうかは判らないが、場所さえ教えてくれたら、なるべく早めに切り上げて行くようにするよ」
僕の篤批判など耳に届かないとばかりに祥一は言った。
「でも祥一・・・、コンパなんだよ」
「ああ、さっき聞いた。山崎達が来るんだろう」
だって祥一・・・。
「まさか浮気しようとか考えてないよね」
「浮気?」
スタジオの入り口で立ち止まって祥一はまじまじと僕の顔を見下ろした。
そしてごく真剣な顔で。
「秋彦、俺たちひょっとして付き合ってるのか?」
は?
「・・・なんでそういうことになるんだよ。それにそのつもりなら祥一にこんな話を持ちかけるわけないだろう」
真面目な顔してそういう冗談はやめてくれ。
「淋しいこと言うんだな。・・・冗談だから手を下ろせ。グーは反則だろグーは。しかしまあ、お前が許してくれるって言うんなら・・・」
僕の許しなんて請うな!
祥一は右ストレートをやんわり掌へ収めると、
「俺も少しぐらいは目の保養をしたいんだが」


次へ>>

『城陽学院シリーズPart1』へ戻る