・・・そんなわけで祥一には今夜、携帯へ連絡を入れる手はずになっている。
ああ、またしても聞きそびれてしまった及川との一件。
噂では及川真知子(おいかわ まちこ)と付き合っている筈の祥一。
でもあまり上手くは行っていないらしく、けれど及川はまだ気があるようで・・・ああ、本当に祥一を誘ってしまってよかったのだろうか。
だいたい。
「祥一にまとめて持っていかれるのがオチだと思うよ」
足元をカサカサと音を立てて落ち葉が舞う校庭のアスファルト。
昼間なら紅葉が色鮮やかな桜並木の間を歩きながら、僕は篤に釘を刺した。
そこまで言って己の邪心に気が付いた。
結局のところ、だから祥一を誘いたくないのだ。
でも僕だってカノジョの一人ぐらいいたって可笑しくない年頃なんだし、できればみすみすチャンスを逃したくはない。
そう考えてもべつに悪くはないはずだ。
「始めは峰がキャーキャー言われるのは仕方ないが、肝試しが始まってしまえばこっちのもんだ」
「随分と自信があるんだね」
「男女一組で、定められたコースを回る」
「とりあいになるよ。下手したら山崎が祥一とコンビを組んで、あとの女の子達は帰ってしまうかも。そしたら僕らはどうすればいいんだい。あきらめて僕と篤で味気なくコースを回るかい」
「アキ、少しは前向きに考えろよ・・・」
渡り廊下に入りながら篤が言った。
「文化祭のとき、山崎は彼女と並んでも見劣りのしない可愛い子たちを連れていたぞ。アキ、江藤里子(えとう さとこ)って知ってるか?」
「ああ、去年の県大会で1年ながら3位入賞した城南女子剣道部の彗星だろ。そういや、えらく可愛い子だったけど・・・まさか、あの美少女剣士をつれていたっていうのかい?」
江藤なら確かに、山崎と並んでも見劣りはしない。
「想像してみろよ。暗闇で江藤がお前に抱きついてくるかも知れないんだぜ」
講堂の入り口で篤が不気味に笑った。
そして僕らは渡り廊下を横切ると、小躍りしながら旧校舎へ向かった。
「なんだかさっきから、やたらと匂うなぁ」
講堂脇に植えられた銀杏並木を並んで歩きながら、篤が言った。
「昼間ここを掃除したとき、ずいぶん実がなっていたからね」
ぎんなんは秋の風物詩だが、実ると臭い。
だから旧校舎に特別の用事でもない限り、秋になると、ここを通る人の数が極端に少なくなるのだ。
そして裏庭の掃除担当クラスからは、毎年この季節サボる人間が続出する。
「あれ、誰かいるぞ」
言われて50メートル先ほどに先に、身を屈めて丸くなっている人物を発見する。
痩せ細った作業着姿のその男は、薄いゴミ袋を片手に一心不乱に何かを拾い集めていた。
「なんだ、宮下さんじゃないですか」
僕が声をかけたとたん、用務員の宮下老人は立ち上がり、恥ずかしそうに頭を掻きながらこちらを振り返った。
「こりゃまた、とんだところを生徒さんに見られちまったなぁ・・・」
よく見慣れた灰色のつなぎ姿で、片手に軍手をはめている宮下氏は言った。
数十年来、用務員として校内整備に努めてくれている、城陽の生き字引。
彼はこの学校の歴史そのものだ。
「こんな時間までお仕事ですか?」
篤が練習着の入ったバッグを肩から下ろしながら、宮下氏の手元を見つめる。
常夜灯の下で、青いビニール袋に入った大量のぎんなんが独特の匂いを立ち上らせる。
篤はすぐさま顔を歪めた。
「収穫だよ。毎年この季節になると、うちで婆さんが楽しみにしておるからね。近所の奥さん方におすそわけをしても、たいへん喜ばれる。・・・あ、校長には内緒だよ」
それで去年も、いつのまにかきれいにぎんなんがなくなっていたのか。
「じゃあ明日からはウチの連中も、ここの掃除をサボらなくなりますね」
きっと祥一も。あのヤロー・・・。
「ギブ・アンド・テイクだよ」
「宮下さん若いですね」
思わぬ横文字熟語の引用に篤が言うと、宮下氏が顔を皺くちゃに綻ばせて、
「どれ、君たちも持って帰りなさい」
そう言ってビニール袋をガサガサと開けだした。
とたんに強烈な臭気が攻撃をしかけてくる。
「いや、僕らは結構ですから」
悪臭に思わず一歩引き下がった。
「遠慮せんでもいいよ。炒ればこれほど香ばしい木の実は、ほかにないぞ」
軍手いっぱいに緑の果実を鷲づかみにして、宮下氏が僕らに差し出してくる。
「ほ・・・本当に結構ですから・・・」
篤と僕は息を殺して一瞬顔を顰めると、そのまま一目散に走り出した。
「あっ、こら君たちどこへ行くんだ・・・!」
老人は瞬く間に旧校舎への角を曲がってしまう少年たちを見送ると、歩き出していた足をあっさり止めてそれ以上の追跡はあきらめた。
どだい十代の若者に追いつくはずはないのだ。
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