「てめぇ、何言っ・・・・・・」
また変な言いがかりをつけられて、怒鳴ってやろうとした俺は、冷たく見下ろす篤の視線とぶつかって、声をなくした。
「さっきの話は本当?」
「何の・・・」
言いかけて、すぐに思い出した。
そもそも俺達が城南を・・・正確には怪談大会となっていた、百合寮のダイニングから出てくる羽目になった原因。
それは峰が話した、妙な「怪談」がきっかけだ。
いや、あれは怪談なんかじゃない。
何が目的なのかは知らないが、アイツが話した内容は修学旅行中に俺と峰との間に起きた、実際の出来事。
渡航先のチューファで芋洗いの状態の人ゴミの中、アラメダ橋の上で花火見物をした俺達は、互いとはぐれないようにしっかりくっついていた。
正確には、峰に後ろから抱き締められていた。
それを峰は、名前と地名を伏せて、だが当事者にだけははっきりとわかるような言い方で、皆の前で思わせぶりに話して聞かせたのだ。
そして、峰の挑発を敏感に感じ取った篤は、やはりそれが俺達のことだと気が付いていた。
これ以上は誤魔化しても無駄だろう。
「・・・ああ。本当のことだよ。でも、誤解すんなよ。あいつが話していたことが全てで、べつのあのとき俺と峰は・・・」
「あの時から今に至るまで、峰とは何もなかった?」
「篤・・・」
言葉がやけに含みを感じさせた。
「橋の上で峰に抱かれた、・・・それだけ?」
「お前、そういう言い方っ・・・」
「言い方が気になるなら、正確に直すよ。花火を見ながら見物客の中で、連れである君とはぐれないようにと気を遣った、クラスメイトの峰に、後ろから腰のあたりを抱きしめられて、どういうわけか腕の力を徐々に強めていた峰は、それが気になって彼を振り返った君に顔を接近させて来ていたけれど・・・」
「ああ、もういいよっ、わかった。・・・・正直に話す。そのときは何もなかった・・・けど」
さすがに全部ぶちまけるのは、勇気が入った。
だが、ああもいやらしい言い方をされて、念を押されているのに、またここで、何もないと嘘を吐くと、今度こそ本当のことがバレたときに、もっと厄介なことになる・・・そんな気がした。
「『そのとき』は、何もなかったんだね」
言葉の前半をあからさまに強調した言い方だった。
「ああ・・・けど、・・・・帰国の日の朝、・・・・キスされた。・・・ちょっと、篤っ!」
ジーンズの破れに指先を侵入させたまま、篤が拳を握りしめたのがわかった。
その瞬間、ブチブチと糸が切れ、布地が少し破れる音がした。
リペア行き決定だ・・・というより、どうやって家に帰るか・・・もう、そこからして問題だった。
文句を言いたかったが、そんな悠長な雰囲気でもない。
「それで?」
「それでって・・・」
「峰とはそれが全てだと受け取って、本当にいいの?」
「それは・・・」
結果とは言え、俺は篤に嘘を吐いていたことになるのだと、ようやく理解した。
腿の上でデニム生地を握りしめたまま、篤の拳が少し震えていた。
表情にはまったく動揺や怒りが現れていないギャップが、却って怖かった。
また、前みたいに気不味くなってしまうのだろうか・・・それはどうしても避けたい。
篤は、俺の全てを受け入れてくれる・・・そう誓ってくれた人なのだから。
そうだ、信じていい筈だ。
だが、俺がここで誤魔化したりしたら・・・絶対にいい結果にはならない。
「旧校舎の取り壊しで、資料室に二人で閉じ込められた・・・」
「それは知ってる」
「そのとき・・・またキスされた」
「・・・・・・・・・」
篤が黙った。
ほんの数秒のことが、俺にはひどく長い時間に思え、耐えきれず。
「で・・・でも、どっちも偶然っつうか、不可抗力っつうか、峰が俺をからかっただけで、俺はっ・・・」
「それで、全部なんだね?」
「え・・・、あ、ああ・・・そうだけど。篤、俺は絶対、峰とは・・・」
「わかってるよ」
そう言って、ようやく篤が微笑んだ。
リングを嵌めた左手はまだ固く握られたままだったけれど、篤の笑顔は・・・それだけで、なぜだかいつも俺を心から癒してくれる。
「篤・・・嫌な思いさせて、本当にごめん。それと・・・今まで黙ってて、マジでごめん・・・俺、篤に嫌われたくなかったから・・・」
「嫌ったりするわけないよ。まあ、峰のことはぶっちゃけ嫌いだけど」
「あ、こいつとうとう言いやがった・・・」
「好きなわけないじゃない、秋彦にしつこくチョッカイを出して来る奴のことなんか。そりゃ・・・評価はしてるけどね」
「デキる男同士だもんな・・・、俺なんてどっちも足元にも及ばねー」
「人生、勉強やスポーツだけが全てじゃないよ」
「おめぇな、それ、俺に喧嘩売ってるだけたから」
「ハハハハ、ごめん・・・じゃあ、今度は僕が話す番だよね」
「えっ・・・」
軽い笑いを漏らしたあとで、一息吐くと、篤がそう前置きして言葉を切った。
俺は何故か、ひどく胸騒ぎがしていた。



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