「何だよいきなり」
「君にはちゃんと見えてる?」
そう言って、篤が俺に顔を接近させる。
白い街灯にくっきりと浮かび上がった、濃い陰影の端正な顔だち。
黒目がちのまっすぐな視線の奥に、不安そうな小さな光が左右にひとつずつ、白っぽく浮かび上がっている。
見飽きた情けない面影だ。
「えっ、・・・っと、俺・・・だよな」
「僕にも君が、今僕を見てくれていることが、ちゃんと見えている・・・」
「篤・・・」
俺を間近に見つめたまま、真剣なまなざしを1センチも動かすことなく篤は語り始めた。
まるで、俺を説き伏せるように、句読点ごとに言葉を切りながら。
「僕が見ている人は、僕が一生をかけて愛し、守ると誓った人。左手の小指の、大切なリングを僕に与えてくれた人で、僕と同じペンダントを付けていて、その橙色の石に託した恋愛成就の願いを、共に叶えることが出来た人。僕は、・・・その人と将来必ず結婚すると信じている」
「えっ・・・篤、今なんて・・・」
最後の言葉だけ、俺の頭は、聞きなれたトーンのその音声を、言語として処理する能力を失っていた。
いや、意味が理解できないわけじゃない・・・だが、俺の認識しているその言葉の意味では、俺達にそれは・・・。
しかし問い質す暇を、篤は俺に許してくれなかった。
「嫌な話を聞かせてごめん」
もう一度篤が謝る。
同時に話が強制終了された。
「篤・・・」
「けれどね、君が感じた嫉妬は、僕が今なお現在進行形で感じている嫉妬だと気が付いている?」
「それって・・・」
「僕の話はすべて完結している。けれど君は今でも僕を、毎日ハラハラさせているんだ」
結局そこに、戻ってしまうのか。
「それは、だから峰は・・・」
「今、すぐに名前が出たね」
「・・・・っ、お前ずるいぞ・・」
「わかってる。君が僕を愛してくれていることは、こうして必死に弁解してくれることでちゃんと伝わっているから。たぶん僕は少し、人より嫉妬深いんだろう。そして君が魅力的だから仕方がないのかもしれない」
「お前がそういう事を言っても、言葉に説得力が・・・」
「けどね、僕は君しか今は見ていないし、君以外の誰かに付け入らせる隙も与えないし、それを実行できている自信がある。君はそれが出来ている?」
「それは・・・」
考えたこともなかった。
篤が俺なんかより、ずっとモテるし出会いが多いことも、わかっていた筈だ。
だが、俺は付き合い始めてからこっち、篤が誰かと浮気をしているなんて心配をしたことはないし、篤の気持ちに疑いをもったこともない。
マスコミが大きく騒いだ、エスパニアの女優のリタとの件だけが、唯一の例外だ。
そもそもあの頃は、まだ付き合っているとは言えなかった。
その時ですら、マスコミが無責任な報道をしなければ、篤が俺以外の誰かを好きになることなどありはしないと、疑いもしなかっただろう。
それが、篤の誠意の表れであり、努力の結果だと言うことに気付きもせず。
自分の思い上がりに、恥を知る。
「僕だって傷つく」
「篤・・・俺は・・・」
「僕だって、誰かを妬み、ふざけるなと怒りもする」
「あつ・・・し・・・?」
「これ以上秋彦に近づくなら、それなりの報復も検討する」
「・・・・・・・」
なんだか不穏な空気が漂い始めていた。
「言っておくけど、僕にはそれなりの力があるし、誰かを社会的に抹殺することはけして難しいことじゃない」
「いや、篤、それは止めておこう・・・洒落にならないから」
学生のうちから誰かの人生を終わらせるなんて、人道的にどうかと思う。
「まあ、実際にする気はないし、僕がそういう手段をとれば、峰だって今以上に悪知恵を働かせて、酷い泥仕合になることは目に見えているから、しないけどね」
「なんだ冗談かよ」
篤は随分峰のことを嫌っているみたいだけど、峰はあれで結構思いやりがある良い奴なんだけどな。
さりげなさすぎるのと持ち前の無表情で、なかなかその優しさを気付いてもらえないところが、峰の損な性分なんだけど。
「そういうことじゃないんだけどね・・・根本的に誤解しているようだけど、僕はけして峰が嫌いだから言っているわけじゃないんだよ。僕と彼との付き合いは、君よりずっと長い。口は悪いしぶっきらぼうだけど、悪い奴じゃないことは知っている。それでも僕に彼を恨みがましく思わせてしまっているのは、君だ」
「お前・・・またそういう因縁を」
「そうじゃない・・・多分、これはどうしようもないことなんだろうね。僕と峰は、同じ人を好きになってしまった。恋敵同士が生ぬるい友情を育めるなんて嘘だ。剥き出しの感情がぶつかり合い、相手を出し抜き、その足を引きずり落としたいと思うのが普通だろう。多分彼も僕をそう思っているはずだよ。だから峰はあんな話をして、僕らの仲をこじれさせようとしたんじゃないか」
「それは・・・まあ、そうなんだろうな」
そう考えるのが、たぶん自然なことなのだろう。
「結果として、彼の企みは多少なりとも成功したみたいだしね」
「篤・・・俺に、どうしろって言うんだ・・・」
「わからない。・・・ただ、今よりもう少しだけ僕を安心させてほしいんだ」
「俺が、・・・お前を不安にさせているのか?」
「そういうことになるね」
俺は篤の笑顔で、篤の体温を感じることで、安心できているというのに、篤は俺のせいで不安になるだなんて・・・理不尽な話だった。
「どうしたら・・・お前に何をしたら、お前は安心できる?」
「それは・・・君の愛を感じられたら・・・、君が僕のものだと実感できたら・・・、それしかないだろうね」
「俺はお前をちゃんと愛してるし、俺はお前のものだ・・・、それが信じられないっていうのか?」
「信じているよ。・・・けど、そうだね。たとえば君が峰には絶対に見せない表情を、僕に沢山見せてくれたら、もっと安心できるかな」
「峰に見せないって・・・いや、ちょっと待て。お前の言い方には、何やらひかかりを感じるのだが・・ひっ・・・」