『城南女子オカルト研究会夏合宿』

 

「それでは、参加者は全員で10名ですわね。・・・そうね、当日は直接当校まで来て下さるかしら」
原田秋彦(はらだ あきひこ)との通話を終えた、あたくし、山崎雪子(やまざき ゆきこ)は携帯を置くと、カレンダーを見つめホッと安堵の溜息を吐いた。

 

事の発端は今から1週間前に遡る。
泰陽(たいよう)市を直撃した台風3号は、学園都市線沿線の学校施設や住宅街へはさほど影響を及ぼさなかったものの、海沿いはダメージが大きく、事に海豚島は被害が深刻だった。
我が城南(じょうなん)女子学園高等学校オカルト研究会が夏合宿を予定していた民宿から連絡があったのは5日前のこと。
河川の増水による床上浸水と複数個所の雨漏りのため、宿泊予約をキャンセルしたいという内容だ。
大きな自然災害のためそれ自体に異論はなかったものの、代替施設の確保は用意ではない。
単なるホテルや旅館を見つけるのであれば造作ないが、オカ研の夏合宿となると話は別だ。
元々予約をしていた『次郎荘』は、心霊スポットとして有名な民宿。
今から10年前、先代の御主人が海岸を散歩中に、まるで神隠しに遭ったかのような突然の失踪。
その年から、変死体が毎年のように発見されている、裏の松林。
なぜか水難事故が絶えない、近所の海豚海岸。
火の玉の目撃証言は日常茶飯事、深夜零時を回ると謎の一つ目生命体が徘徊するという、2階の廊下・・・。
つまり我がオカ研、本年度夏合宿における最大目的は、それらの噂の検証にあったということだ。
そして純粋なる知的探求の機会を非情にも奪ってくれたのが、一週間前の台風3号。
事情が事情であるから、今更愚痴を言っても仕方のない話だが、しかしメンバーの予定を再調整して、夏休み中に『次郎荘』へ代わる絶好の舞台を用意する・・・これはハードルの高い作業と言えた。
合宿は2学期以降へ先送りしかないのかも知れない・・・ダイニングで佐伯初音(さえき はつね)や小森(こもり)みくと、実りのないミーティングをしつつ、諦めかけていたあたくしへ、声をかけてきたのが本城薫(ほんじょう かおる)。
「寮を使えばいいじゃないか」
本城先輩は隣の椅子へドスンと腰を下ろすと、上腕二頭筋が発達した長い腕を、あたくしの肩へ乱暴にひっかけた。
「本城先輩、たしかご卒業なさったのでは?」
「21日には寮生が全員帰省する。改修工事で業者が館内へ入るのは7月30日。それまで寮は空いているよ」
この春から泰陽女子学院大学へ進学した筈の本城先輩は、どういう事情かは知らないが、一見したところ未だにこの城南女子学園の百合寮を生活の本拠としている・・・4月中に大学の寮へ引っ越した筈なのだが。
そう。
大事なことだから、念のために敢えてもう一度説明するが、本城薫は我が城南女子学園高校の卒業生・・・つまり、あたくし達と同じ性別女である。
とてもそうは見えないが。
「お言葉はありがたいのですが、同好会の立場で急な学校施設の使用申請は、許可が下りにくいでしょうし・・・」
言いながらパイプ椅子を後ろへ引きつつ、速やかに緊急避難を開始する。
「心配いらないさ、名誉寮長の私が話を通せば簡単なことだよ」
先輩も椅子を引きずりながら、せっかく確保したセーフティーゾーンを0.5秒の僅差で見事に埋めてみせた。
同時に再び腕の中へ引きこまれ、我が手中のスタミナしじみ丼を、トレードマークのジャージの胸へ、ぶちまけたい衝動と闘った。
ちなみに名誉寮長とは、この春新たに城南女子学園百合寮が独自に新設した肩書であり、発起人は通称『大奥』と呼ばれているレズ連中で、本城先輩のシンパ。
当然学校が認可している制度ではない。
「けど、せっかくの合宿なのに寮っていうのはねぇ」
向かいの席に座っていた佐伯が、夏の特別メニュー、冷やしカレー饂飩を箸でかき混ぜながら、ぼんやりと言った。
それだ。
「もっともですわ。佐伯と小森は寮生ですし、いくら予算が下りない同好会とはいえ、寮で合宿というのはさすがに可哀相・・・」
「みくは初音様と一緒ならどこでもいいですぅ」
「こら、小森やめろっ・・・制服にカレー汁が飛ぶでしょう!」
「ははは、小森は本当に佐伯が好きだな」
「はははは・・・あ〜ぁ」
小森はあとで必ず締める。
「ほら、後輩もこう言ってることだし、雪子・・・」
「ああ、ええっと・・・」
名誉寮長に下の名前で呼ばれる筋合いは、もちろんない。
図々しくも膝へ置かれたもう片方の手を、箸を持った手で遠慮なく払い落とそうとしたが、そのまま先輩に手を握り締められた・・・墓穴を掘削したばかりか、これで昼食まで中断を余儀なくされた。
「うーん・・・、私はやっぱり外に行きたいなぁ」
佐伯が頑張って抗弁を続ける。
それでこそ、あたくしの盟友というもの。
ただ、テーブルの向かいで繰り広げられている、貞操を懸けた女同士の一進一退の攻防を、顔色ひとつ変えずに見ているあたりは、さすがに佐伯も百合寮生・・・小森ほどではないが、彼女も大概脳が侵されている。
「は・・・初音さまがそう言うなら、みくもぉ・・・」
佐伯に小森が同調しだした。
「二人もこう言っていることですから・・・」
ここで一気に戦況を有利へ持ち込もうとした次の瞬間。
「まさか君たちは、聖白百合宮の伝説を知らないのかい?」
先輩が言った。
聖白百合宮とは、我が城南女子学園学生寮の正式名称である。
あまりにも恥ずかしいそのネーミングを正しく呼んでいる学生は希有であり、通常は百合寮とだけ呼ばれている。
これはこれで、あらぬ妄想を呼び起こしそうなニックネームだが、実態はあながち誤解ではないから心配はいらない。
「伝説?」
寮生のほぼ半分が男に興味がないとか、年に数回、提携の共学校や男子校の学生たちと交流会があって、百合寮主催のバザーやパーティーが定期的に催されているにも拘わらず、彼氏持ちの生徒が1割にも満たないとか、彼女持ちの生徒なら3割いるとか、卒業したのに元寮長が寮に居候していて、その大奥が健在であるとか、文脈から言えばそういう伝説のことではあるまい。
「その昔、聖白百合宮を舞台にして実際に起こった、悲しい恋の物語だよ」
「生憎・・・」
存じません・・・と言いたかったが、残念ながら知っていた。
ひとつだけ百合寮には、不思議な伝説があり、それは確かにオカ研の夏合宿テーマに相応しい『怪談』と言えたのだ。
結局、本城先輩の勧め通り夏合宿施設として百合寮を使用させてもらうことになり、翌日には使用申請が許可された。
そして当日は先輩も寮へ来るということで、こちらもその緊急対策を練ることになったのだ。
最初に美味しい料理が食べられると言って江藤里子(えとう さとこ)をおびき出し、女子寮でパーティーを開くと言って原田秋彦を誘った。
その後、原田さんの名前を出汁にして一条篤(いちじょう あつし)と峰祥一(みね しょういち)を誘い出し、必要なかったが峰さんの妹のまりあさんが勝手に付いてきた。
さらに直江勇人(なおえ はやと)とかいう名前の、城陽の学生も知らぬ間に参加が決定して・・・・当日の最終確認連絡を原田さんが寄越してきたのが昨夜。
「今更だけど俺達も行って、本当によかったの?」
女子寮で泊りがけ・・・ということで、それを理由に二つ返事をした割には一応気になるらしく、原田さんが念を押してきた。
「べつに構いませんわ、その為にゲストルームがございますから」
交流会などで男子生徒の出入りは珍しくないし、親族であれば事前申請の上で男性でも宿泊可能である。
さすがに寮生の寝室が並んでいる2階以上をうろつけば目立つが、1階のダイニングや談話室程度なら問題はないし、ゲストルームは玄関を介して繋がっているとはいえ、ちゃんと別棟になっている。
親族と偽って、彼氏持ちの寮生が恋人を寮へ引きこんでいることも、ちょくちょくあるようだ。
当然学校へバレたら処分ものだし、運悪く男嫌いのシスター・サフィックリフィスに見つかると、大変な騒ぎになってしまうが、本城薫から一晩あたくしを守るためと思えば、その騎士は4人でも少ないぐらいだ。

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