7月23日。
合宿当日の午後4時過ぎ、ゲストである城陽(じょうよう)学院高等学校の学生たちが、揃って百合寮へ到着した。
「お邪魔しまーす!」
玄関の真ん中に立って、元気良く挨拶してくれたのは原田さん。
白い無地のTシャツにヴィンテージっぽいダメージジーンズ、足元は白いスニーカー。
ジーンズのダメージは左右に1カ所ずつで、だらしない程ではなく、シンプルと言えるぐらいの装いだが、・・・破れの一つがやや際どい位置にあり、糸の隙間からうっすらと肌が透けて見えていて、少しばかり目のやり場に困る。
下着はどうなさっているのやら。
原田さんは右肩に青いリュック、左手に白いナイロンの買い物袋を2つ提げていた。
買い物袋の中には麦茶と炭酸飲料の2リットルボトルが2本ずつ。
とても綺麗な人だが、涼しい顔で片手に合計8キロを持っている辺りはやはり男の人だ。
「こんにちは」
原田さんのやや左後ろへ寄り添うように立っている、長身の男性が一条篤さん。
白地へグレーの細いストライプが入ったシャツに黒いスリムなジーンズを履いており、ボタンを二つ外した襟元からはオレンジ色の小さな石が付いたペンダント、左手の小指にはシンプルなシルバーのリングを付けている。
そういえば原田さんも右手にゴールドのピンキーリングを嵌めて、トップはTシャツの中に隠れているが、同じようなシルバーのチェーンを首筋に見せている・・・まさかペアということはないと思うが、少々気になった。
一条さんも私物が入っているらしい多機能そうなショルダーバッグの他にも、二枚重ねの大きな紙袋を提げていて、中からトウモロコシやトマト、ナスといった夏野菜が、色鮮やかな顔を覗かせていた。
紙袋にはスーパーやデパート名もなく、中の野菜がパッキングされていないところを見ると、産地は敷地の畑かあるいは一条家の契約農家あたりだろうか。
私物用の鞄は有名な英国の紳士ブランド・・・さすがに良い物を使っていらっしゃるとは思うが、今にもノートPCが出て来そうで、デザインが少々ビジネスマン臭い。
しかも随分と使いこまれているところを見ると、日ごろから出張でも多い生活環境なのだろうかと疑ってしまう・・・同い年なのだが。
「うわー、女の子の寮なんて初めて入るよ・・・」
一条さんの隣に立っていたのは、記憶に違いがなければ臨海公園駅前のカレー屋の店員・・・・はて、なぜカレー屋さんがここにいるのだろう。
カレー屋さんはいつもの、あの海賊風の制服ではなく、白いTシャツの上から赤い大きなチェックが入ったフード付きの半袖シャツを重ね、オリーブ色のゆったりとした、カジュアルな八分丈パンツを履いていた。
背中にはカラフルなアジアン風ステッチ織の、綿素材のリュック。
こうして見ると、店員さんは随分と若そうで、あたくしたちと同い年ぐらいに見える。
レインボーカラーのリストバンドを付けた左右の手元には、カレー屋さんのロゴ入り紙袋。
中身はひたすら香辛料のようだった・・・何種類入っているのか、パッと見にはわからない。
「すまないな・・・一晩厄介になる」
原田さんの右隣に立っているのが、峰祥一さん。
襟と袖口に白い縁取りが入った、細身の黒いポロシャツと、シンプルなストレートのインディゴカラーのジーンズ。
どうという格好ではないのに、モデルのように決まっているあたりが、いやらしい。
斜めがけにされた黒革のショルダーバッグは、フロントにラフなロゴプリントと数字のワッペンが縫いとられている、イタリアのメジャーなブランドのカジュアルライン。
マチ部分の隙間から透明ラッピングを通して何本も突き出している賑やかな棒状アイテムは、間違いなく花火の持ち手部分に見えるのだが、峰さんという個性とは非常に不釣り合いだ。
妹さんに持たされたのだろうか。
左手には原田さんと同じく、2つの白い買い物袋にペットボトルが4本。
こちらは全てミネラルウォーターだった。
右腕にはツインテールの少女がぶら下がっている。
少女の名は峰まりあ。
峰さんの妹であり、濃紺色で膝丈のパフスリーブワンピースを着ている。
ウェストの後ろで締めている、大きな真っ白のリボンはまだいいとして、足首をふんだんにレースで覆った薄手の白いソックスと、バックルのボタン部分にパールで象ったハート形のワンポイントという黒のエナメルシューズは、あまりに子供っぽすぎやしないだろうか。
彼女は確か2歳年下と聞いているから、今年高校へ入学した筈なのだが。
しかもそれを見つめる兄の目が、微妙に嬉しそうだ。
そして彼らより1歩前に立っているのが、あたくしの幼馴染にして宿命のライバル、江藤里子。
「本城先輩、ご無沙汰しております」
そう言って江藤さんは、あたくしの隣に立っている先輩に頭を下げた。
同時に江藤さんの真後ろにいた原田さんの目線が、彼女のお尻のあたりへ一瞬で下りたが、それは江藤さんが悪い。
彼女は背が低いくせに、大して細くもなければ短い脚に、妙な自信があるようで、袴と体操着のジャージ以外はミニスカートしか絶対に履かない主義だ。
それも常に膝上30センチのマイクロミニ丈で、パンツを見せながら街を歩くのがお好きなようで、原田さんはいつも彼女の下着をチェックなさっているのである・・・・まったく、江藤さんが悪いとはいえ、変態でさえなければ、結構素敵な殿方なのに。
今日の江藤さんはデニムのマイクロミニスカートに、胸元がレース仕立てで、薄手のふんわりとした白いボヘミアンノースリーブ、下に青いキャミソールを合わせていらっしゃる。
足元は背が低いことを気になさっているのか、全体的に底の厚い白のサンダルで、6〜7センチほどサバをよんでいるが、それでもあたくしよりずっと背が低い。
一条さんと並べば大人と幼児・・・小森に至ってはミクロ星人。
そんなことはともかく。
今日は髪留めも、青い大きめのお花が3つに、右手首にも揃いのお花のブレスレット・・・ひょっとしたら本人は原田さんとデート気分なのかも知れない。
つくづく哀れな女。
「し、暫くだったな、江藤・・・・だが、こういうことは事前に言って貰わないと」
本城先輩の声を聞けば、顔が引きつっているであろうことは見なくてもわかった。
「なんのことですか、先輩?」
江藤さんがきょとんと目を丸くした。
「だからその、・・・・参加者に男がいるというのは、一応女子寮だから・・・」
「えっ、やっぱ不味かったっすか・・・俺も気にはなったんすけど」
原田さんの視線が、不安そうにあたくしへ向けられる。
「電話でも申し上げましたが、お気になさらなくても平気よ。ちゃんとゲストルームがありますし、殿方がいらっしゃることは珍しくございませんから」
「いやでも、この人が今・・・」
「つい先日もバザーで白鳳(はくほう)の方たちが沢山見えていらしてよ。さあ、皆さんお上がりになって」
白鳳学園は私立の男子校で、城南女子ともっとも交流が多く、白鳳に彼氏がいる子も少なくない。
あたくしは江藤さん以外の皆さんと本城先輩を、それぞれ一通り紹介すると、寮へ入っていただき、お部屋へ案内した。
「でも女子寮の元寮長さんが男の人だなんて、驚いたなぁ」
列の最後尾を歩きつつ、カレー屋さんが頭の悪そうな声で言った。
「君、直江君と言ったかな・・・それは、ひょっとして私のことかい?」
本城先輩があたくしの隣を歩きつつ、首だけカレー屋さんを振り向いて問い返す。
本日の先輩の装いは、色あせたストレートのジーンズに黒い細身のVネックTシャツ。
胸はあたくしよりもある方だと思うが、先輩の場合、豊満というより肩から胸にかけて全体的に厚みがあって、背中も広いせいか、却って男らしく見えてしまう。
同じぐらいの背丈の原田さんと並ぶと、残念ながら先輩の方が男らしい。
彼女の両乳房は、おそらく殆どが筋肉だ。
ちなみに城南女子の制服は、小中高ともに純白のセーラー服なのだが、式典以外で彼女が制服を着ている場面は見たことがない。
その光景が、トラウマ級の恐ろしさであることは、言うまでもないだろう。
間違いなく原田さんの方が似合う筈だ。
広々とした玄関ホールから廊下を渡り、十字路で立ち止まると、そこで男性陣を振り返る。
ここから別棟になる。

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