先に部屋で軽くミーティングを行った後、他のご婦人のお二人に声を掛けてから、階下へ向かった。
厨房のテーブルには、城陽の学生達が持ち寄ってくれた食材が、すでに運びこまれていた。
主菜は予めカレーと伝えてあったが、ここで少しだけ予定が狂ってしまう。
こちらでも当然カレールーを用意していたのだが、なぜか厨房へカレー屋さんが現れて、勝手に本格的なインドカレーの準備を始めたのだ。
というわけで、カレーは本職に任せてしまい、あたくしたちはサイドメニューのシーフードサラダ、そしてデザートのフルーツパンチを、二手に分かれて作ることになった。
頂いた食材に、美味しそうなトウモロコシもあったため、皮を剥いて刷毛で醤油を塗り、グリルへ入れて、ついでにもう一品用意する。
夏はこれに限る。
「ところで、まりあちゃんは来ないの?」
聞くまでもないだろうに、テーブルでパイナップルを半分に割りながら佐伯が聞いた。
その隣で小森が、黙々とフルーツ缶を切っている。
「部屋へ着いて荷物を置くなり、峰君のところ。一応声をかけたんだけどね・・・来る様子なさそう」
流し台で車海老の頭と殻を毟りながら江藤さんが応える。
「でもさ、峰の妹って本当に可愛いよなぁ」
佐伯達の向かいで鶏肉の下ごしらえをしているカレー屋さんが、ややテンションの高い声で言った。
彼はさすがに手際が良さそうだった。
「へえ、直江君ってまりあちゃんみたいな可愛い子がタイプなんだ」
「そうだなぁ、まあ大抵の野郎は可愛い子が好きだと思うし俺もそうだけど、別にあの子が好みってわけじゃないな。・・・江藤は原田として、皆は好きな男とかいるの?」
「ちょっと、何勝手なこと言ってんのよっ! あ、痛っ・・・」
海老の背ワタをとっていた竹串を突き刺したらしく、江藤さんが爪の間から血を滲ませた。
「手を洗って、流しの隣の抽斗を開けてみてくださる? 絆創膏が入ってると思うから。・・・・そうですわね、そりゃあ年頃ですから、好きな殿方ぐらいいても可笑しくありませんけれど、そこの二人はどうかしらね」
流水に手を翳し、水気を軽く切った江藤さんが、ティッシュで指先を押さえる。
まったく落ち着きがないというか、動揺しすぎと言うか・・・本当にわかりやすい方。
「佐伯さんと小森さんは、彼氏とかいないの?」
「ははは、まあ確かにいないわねぇ。今はとくに好きな子もいないし・・・っていうか、私たち女子高だから出会いないし」
「みくはもう、心に決めた方がいますから」
小森が缶切りを持った手で佐伯に抱きついた。
「こらっ、やめろ小森・・・危ないって!」
「あはは、みくちゃんは佐伯さんが好きなのかぁ」
「はい! 初音様がみくの愛する御方です」
「ふーん、仲良いんだね。・・・で、山崎さんは?」
「あたくしも、気になる方の一人や二人はいますわよ」
「それって、元寮長さんとか?」
「あなたの澄んだ双眸もこの竹で串刺しにして、グリルへ入れてさしあげましょうか?」
「い・・・いや、結構です」
「だいたい雪子は気が多すぎるのよ、何よその一人や二人って言い方」
指先に防水性の絆創膏を巻いた江藤さんが、まな板の前へ戻ってくると、手早くイカの下ごしらえに取り掛かる。
落ち着きはないが、彼女も料理は手慣れている。
こちらも海老を鍋に移して、コンロの火をつけると、野菜の準備にとりかかった。
佐伯、小森ペアのフルーツパンチはほぼ出来上がったようだった。
まああの二人はパイナップルをくりぬいて、ジュースとフルーツ缶を混ぜただけなのだが。
カレー屋さんも玉ねぎを炒め始めている
「確かにあたくしは、5年も一緒に過ごして告白もできないほど初じゃありませんわね」
「だから、別に誰が好きとかあたしは言ってないでしょ!」
「あら、そうだったわね。見え見えですけど」
「ちなみに山崎さんは誰が好きなの?」
「それは当然、見目麗しく、頭脳明晰なこのあたくしに似合う殿方といえば、同じく何もかもが完璧な一条さんしかいらっしゃいませんけど、原田さんも悪くはなくてよ」
「ちょ、ちょっと言った傍から山崎雪子、いい加減にしなさいよ」
「隣でキャンキャンと五月蠅いですわね、このビーグルは」
「ビーグルって・・・江藤のこと?」
「そうらしいけど、そこは深く考えなくていいわよ。山猿だったりイノシシだったり、何に喩えるかは、そのときの山崎の気分みたいなものだから」
カレー屋さんの質問へ丁寧に佐伯が応えていた。
コンロの鍋は実に良い匂いを漂わせている。
どうやらスパイスに漬け込んだチキンを炒めはじめたようだった。
「だからアンタはどうして一条君一人に絞らないのよ! そんなことじゃ、どっちにも逃げられるわよ」
「それもそうですわね、二兎追うものは一兎も得ずと申しますし・・・」
「おっ、遂に山崎が一条君にアタック宣言か?」
冷やかすように佐伯が言った。
同時にひんやりとした空気が流れて来る。
後ろを振り返ると、半分に割ったパイナップルを、一つずつ手にした佐伯と小森が、それぞれ冷蔵庫へ収めていた。
とうとうデザートが先に出来あがったらしい。
時計を見ると、集合が遅かったとはいえ、既に7時を過ぎている。
こちらも急がないと。
「それではあたくしは、原田さんにします」
「やっ、山崎雪子!」
「江藤さん、そんなに握りしめるとトマトが潰れちゃうよ・・・」
「あ、ちょうどいいや江藤、そのトマトこっちに貸して、カレーに少し酸味をつけるから。ところでさぁ、女の子的にはやっぱり、一条か原田って感じなの? 峰なんかすっげぇ美形なのに」
「あ〜・・・そうねぇ、峰君は確かにカッコいいんだけど、なんていうかとっつきにくいって感じ?」
そろそろ一杯になってきた流しのものを、洗い始めながら佐伯が言った。
「なるほどね。確かに峰はうちでも、ちょっと浮いてるな。しょっちゅうラブレター貰ってる割に、女子で実際にアイツとまともに喋ってるのって、江藤ぐらいだし」
「あら、だったら江藤さんは峰さんになさればいいじゃありませんの」
「だからなんでアンタが決める!」
「で、そういう直江君は誰が好きなのよ。・・・実は江藤さんとか?」
「そうだなぁ・・・俺もやっぱり原田かなぁ」
「えぇえええええええっ!?」
あたくしを含め、厨房にいた全員がカレー屋さんに大注目した。
「き、聞き捨てならないわね、直江君」
新たなライバル登場の筈なのに、はっきりと嬉しそうな江藤さんが、興奮気味にカレー屋さんへ詰め寄った。
「その、原田さんのどんなところが、カレー屋さんの御心を虜になさったのかしら」
「うん。やっぱ原田って可愛いよな、それに良い奴だし・・・っていうか、山崎さん、カレー屋さんって俺の事でいいんだよね」
「これはますます、ややこしいことになってきたわね。っていうか、原田君って何気にモテモテなんじゃない?」
「みくは初音様のものですぅ」
「それは聞いてないから、小森」
「ですけど、原田さんはどう見ても一条さんといい感じですし、カレー屋さんの付け入る隙があるとは思えませんわね、いつも美味しいカレーを作ってくださるのに、本当に御気の毒・・・」
「俺の評価はそこだけなのかな、ひょっとして・・・」
「ああ、山崎もやっぱりそう思った? なんかあの二人ってあやしいよね、お揃いのペンダントとか指輪とか付けたりしてさぁ、一条君は前から原田君に猛アタックしてたし、原田君も何? ちょっとぐらついてきちゃった感じ?」
「えっ・・・あれって、ペアリングなの? 前からお揃いのペンダント付けてるのは知ってたけど、まさかリングって・・・」
「やだ、江藤さん見てて気が付かなかったの? あれどう見てもお揃いじゃない。っていうか微妙に色とか、石の有無とかが異なってるあたりが、却って憎いのよね・・・しかも原田君のリングは、ちょっとサイズが合ってなさそうだし。一条君もおっちょこちょいよね」
「ああ、見るたびに石の位置が変わってるのな。適当に買ってやがんなあと思ったけど、あれ一条のプレゼントだったのか・・・」
「でもあの指輪の石ってアクアマリンよねぇ・・・なんで原田君が一条君の誕生石付けてるんだろ・・・」
「となると、峰さんはどうなっちゃうのかしら」
「なんか峰君も原田君狙いっぽよねぇ。しょっちゅう一条君と火花散らしてるし」
「でも峰君にはまりあちゃんがいるじゃない」
「江藤、あっさり怖いこと言うね・・・」
「カレー屋さんが峰さんになされば丸く収まるんじゃありません?」
「へっ!? なんで俺!?」
「峰君と直江くんかぁ〜・・・それ、いいかも!」
「いや、いいかもじゃなくてさ・・・っていうか佐伯さん、さっきから凄まじくノリノリだね」
「何よ、直江君もさっき自分で峰君のことカッコいいって言ってたじゃん」
「まあ確かに峰はカッコいいんだけどさ、俺的には合わないっていうか、どっちかっていうと俺も攻めたいっていうか・・・」
「あら、それなら峰さんを攻めたらいいじゃありませんの?」
「ああ〜山崎、それもいいっ! クールビューティー俺様受け・・・私、これでカレー3杯行ける」
「まあ、3杯ぐらいお代わりしてもらっても全然かまわないし、今日は店から、『FLOWERS』自慢のオリジナル特製ナンも持ってきてるから、良かったらそっちも食べてほしいんだけど・・・ねぇ、さっきから俺ずっと気になってたんだけどさぁ、女の子ってみんな裏でこういう話で盛り上がってるもんなの?」
「安心してよ、男の前では絶対話さないから」
「いや・・・あの、江藤・・・」
「みくは話しませんよ」
「みくちゃん、君だけが救いだよ」
「みく、男のことを考えただけで反吐が出ちゃいますから」
「・・・・・・・・・」
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